いしゃたま!

□譲れないもの
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 忍術学園、保健委員会委員長、善法寺伊作は、驚きと奇妙な感慨の中にいた。


 先程、保健室に来た三反田ちどりに対し、他の同学年の学友達は友好的に接してくれ、安心しかけていた。

 だが、ただ一人、い組の潮江文次郎はまっこうから彼女を挑発したのである。

 女などには勤まらぬと言う彼に、善法寺は彼女を庇おうと思い反論しかけた。
 しかしちどりは善法寺を制止し、自ら、潮江に向かっていったのである。
 そして、圧倒した。
 その知識で、そしてその知識を得るために努力をしてきた自負でもって、


 ……驚いた。あの文次郎に対し、臆することもない。

 年頃の普通の娘であればその剣幕に多少は怖じ気づくであろうに。


 しかし、彼女は努力では補えぬこともあると続けた。

「私は女です、女であることはいくら努力しても変えられない」


「でも、私は女だからといって私のことを全て決めつける狭量な考えがこの世で一番嫌いです」

 まっすぐと潮江を見つめる彼女の横顔に善法寺は思わず目を奪われた。




 この人は。



「私があなたのいう片手間で使えない「お嬢さん」かどうかはこれからの働きぶりを見て決めてください」


……なんと、豪気(ごうき)な。


 何処にでもいるような少女に見えていたのに、今の彼女の眼差しからは強い意思を感じた。


 なんと、まっすぐな目をしているのだろうか。


 その横顔から不思議と目を離すことができなかった。


 ……ぱちぱちぱち

その時、突如響いた拍手が善法寺の意識を我に帰らせた。




 潮江君とじっと睨みあいの最中に拍手が飛び込んできた。

「あ、仙蔵」

 善法寺君がほっとしたようにその拍手の主に声をかける。

「なんともはや、あの文次郎を言い負かすとは。」

 くつくつと面白そうに笑う男の子、髪がさらさらで女の人みたいに整った綺麗な顔だちだ。


「仙蔵!俺はまだ負けてねえ!!」

 潮江君が彼に食って掛かるが、取り合わず潮江君の肩をぽんぽんと叩いた。

「言い淀んでおったではないか。それ以上は見苦しいだけだぞ文次郎」

 綺麗な男の子は私の方に目を向ける。

「立花仙蔵です。こいつの非礼は同級の私が謝ります。大変失礼致しました」

「え?あ、いえ」

 睫毛が長い切れ長の目。
 シナ先生とはまた別の雰囲気の美人さんの謝罪と微笑みにすっかり毒気を抜かれてしまった。

「では、我々はこれで。行くぞ文次郎」

「あ、おい!どこ引っ張ってんだよ!!」

 立花君に髷を引っ張られて、潮江君はずるずると引き摺られていった。
 潮江君、禿げないといいけど。


「……我々も、失礼する」

「おう、ちどりちゃん。またな!」

 中在家君、七松君も席を立った。
 いきなりちゃんづけで呼ばれて少し驚いた。

「仙ちゃんも言ってたが、文次郎を言い負かすなんて、ちどりちゃんは凄いぞ。これからよろしくな!!」

 七松君が頭をがしがし撫でてくる。
 これ絶対、私年下だと思われてるな。
 中在家君と七松君が出ていって、やっと部屋が静かになった。


「……はあぁ、」

 思わず溜め息をついてしまった。

「凄い溜め息だな。」

 と食満君が苦笑いする。

「あ、お茶冷めちゃいましたね。入れ直します」

 と善法寺君。

「いや、良いです。頂きます。」

 少し温くなったお茶を口に含む。

「僕からも謝ります。文次郎も普段は悪い奴じゃないんですが」

「さっきのは、あいつからけしかけてきたんだ、あれぐらい言ってやって良かったぜ」

「ありがとう。こちらこそ、お騒がせしてすみませんでした。いやでも、やっぱりこれは、悪い癖ですね」

「悪い癖?」

 怪訝そうな二人に、私苦笑いする。

「昔から、女の癖にとか女だからって言われると喧嘩を売られたみたいに感じちゃって、あんな感じで、後先考えず啖呵切っちゃうんです」

 また溜め息が出た。
 父様の半泣き顔が頭に浮かんでくる。

「女は漢字の読み書きなんてできなくていい、女なんだから勉強なんてしなくていい、可愛く大人しく慎ましく……正しいんでしょうけど、そう言われるのが、どうも苦手で、」

 お茶は甘くて美味しい。
 だからするすると言葉が漏れた。

「私ね、良い年して、もう何回もお見合いを破談にしているんです」

「ああ」

「留三郎」

 食満君が納得って相槌、それをたしなめる善法寺君にぷっと吹き出してしまった。

「ここに来る直前も、両種物問屋の若旦那との縁談があったんだけど……悪い人ではなかったんですよ。私には勿体無いくらい素敵な方で……だけど「貴女の様な可愛らしい女性には家で静かに暮らしてほしい、それが女の幸せだ」って言われちゃいまして、うん、後はさっきみたいな感じです」

 そう、それは確かに幸せなことの一つかもしれない。それでも、

「潮江君に言われて思い出してしまいました。あの時も、同じように一方的に捲し立ててしまったから、酷い事をしたとは思ってます、家にも先方にも、」

 それでも、私は自分の可能性を捨てたくないと、そう思ってしまう。
 自分は不器用だ、なんて、それも自分を庇うみたいで嫌だけれど。

「……こんな感じだからね、父は私を婿探しをしろってここに送りつけたの」

 ぶはっと善法寺君がお茶を吹き出した。そして、食満君にかかった。

「ちょっ伊作!!」

「留さ……ごめ……え?む、婿?」

 げほげほ咳き込みながら善法寺君。

「あ、いや、表向きは医者としての修行なんですよ」

「というかあんたはそっちだけを考えてここに来たんじゃないか。」

 善法寺君の背中を撫でながら食満君。面倒見の良い人だ。

「その通りです。潮江君みたいにね、「女だから」って言う人はいます。それは分かっている。だからこそ頑張らなくちゃ……来たすぐに言うのもなんだけど、ここはとても良いところだと思います。ここに通う皆も忍びになるために勉強してるんでしょう。」

「ああ、そうだな」

「自分の夢を叶える為に頑張ってる人がいっぱいいるんです。なんだか勇気付けられる。頑張れる気がする」

「そうか……悪かった」

「え?」

 食満君がいきなり謝ってきた。

「俺も最初、疑っていたんだ。女に勤まるのか、女が医者になりたいなんて、と」

「まあ、それが普通の反応だと思いますよ」

「でも、今は違う。なんかあんたならなれそうな気がしてきた。頑張れよ」

「ぼ、僕も応援しています……きっと、なれますよ」

「うん。二人ともありがとうございます」

「その為にも、まずはここの仕事を覚えてもらわないといけませんね。」

「新野先生!」

善法寺君の視線の先に新野先生が立ってらした。いつからいたんだろう。流石、忍者の学校だ。


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