いしゃたま!
□決断する子と不運少年
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飛び出して来た男の子は私の脇腹に見事激突してきた。
「ぐぺぁ!!」
「わぁああ!?」
ちょっ…「ぐぺぁ」とか自分、恥ずかし……ってかこれ内臓出たんじゃないの?
父様、母様、数馬。どうか先立つ不孝をお許しください……。
半ば気の遠くなりかけている私の耳に、その時、茂みを掻き分ける音と共にもう一人別の声が届いた。
「神崎、そっちでだいたい合ってるけどちょっと待って……って女の子?」
飛び出してきた男の子とその男の子に激突された私、二人で道に転がっていると同じ茂みからまた誰かが出てきました。
「君、大丈夫!?」
「善法寺先輩、僕が走り出た先にこの人がいて、ぶつかってしまいました!」
茂みから出てきたのは私と歳は同じくらいに見える青年で、彼は転がってる私に駆け寄って起こしてくれました。
激突した少年も散らばった荷物を集めてくれている。
「あ……ありがとうございます」
「怪我はないですか?」
首を傾げる青年。笑顔がなんとも爽やかだ。
目も大きくて可愛い顔、女として羨ましい限りだわ。
「ごめんなさい。僕、走ってると急には止まれないので……」
ぺこっと頭を下げて謝ってくれた男の子。
急に止まれないって猪かい君は。
いろいろと疑問に思うところはあるけれど、眉尻を下げたこの子の雰囲気がなんだかとても可愛くて、まあ良いかと思えとしまう。
年の頃は数馬と同じくらいかな……頬っぺたがぷにぷにして柔らかそう……ちょっと触ってみたい。
「私は大丈夫。ありがとう。こっちこそあんなとこに座っていてごめんなさいね?」
にやつきそうな顔をものすごい自制心で抑えて、男の子にお礼を言った。 そうそう忘れちゃいけない、助け起こしてくれた好青年にも、
「あなたもありがとう……ってなんですかその怪我!!」
「わわっ!?」
さっきは気が動転していて気づかなかったけれど、好青年は身体中傷だらけだった。
傷それぞれ自体はそこまで酷くないけど、数が多すぎる。
それと一番気になるのが、腕の傷だった。それだけが他の傷と比べて深めの傷で、一応布を巻いて処置はしてあるけれどそれでも結構血が滲んでいて痛そうだ。
「ちょっえっ!?」
彼の腕を手に取り、腕に巻いた布を外して袖を捲り上げる。
やっぱり、布を巻いて止血してあっただけの様だ。
彼は顔を赤らめたり青くしたりわたわたと暴れた。
「ち、ちょっと!」
「失礼します」
母様が纏めてくれた荷物を解く。
実は、荷物には身の回り品以外にも三反田家が取り扱っていた薬草や薬がいくつか入っていた。
その中にある傷薬の軟膏を取り出して、彼の腕の傷に塗る、それから血止めの薬草をその上に貼付けて、後は布を、でも彼が巻いていた布は血で汚れてるから、
「うりゃっ」
「ええっ!?」
自分の手拭いを一思いに破った。
よしよし、これで包帯ができた。
それを彼の腕に巻いて留めて、うん、これで良し。
「あ……」
「……お姉さん、保健委員みたいに手際良いですね」
「……ほけん、いいん?」
ふと気がつけば青年と男の子が呆然とした顔でこっちを見てる。
「ああ、すみません…えっとなんて言ったら良いのか、私、家が草座で、ちょうど薬を持っていたので……怪我が深くていらっしゃいましたから、その……すみませんでした」
見ず知らずの女に断りもなくいきなり傷の手当をされたらそりゃ驚くだろう。
顔が熱くなりながらまごまごとしてる私を、青年はしばらくじっと見ていたけれど、ふっとまた優しく笑った。
「いえ、ありがとう。」
……観音様がご降臨なされたわ。
なんというか、初対面なのに、凄く良い人なんだというのが伝わってくる。
「……えっと。ぜんぽう、じ…さん?」
「え?」
「さっきこの子がそう呼んでいたので、あの、差し支えなければそう呼んでも……?」
「僕は神崎左門です!この人は善法寺伊作先輩です!」
男の子がにこっと笑って教えてくたれた。先輩って何の先輩だろう?
「そう、さもん君、ありがとう。それで、ぜんぽうじさん、これを」
さっきの軟膏と薬草を彼に差し出した。
「先程の様にこの軟膏と薬草を湿布すれば、二日で塞がると思います」
「え?いやいや、貰えないよ!君のものだろう?」
ぜんぽうじさんは、ぎょっとした顔で差し出したそれを押し返してきた。
「いえいえ、ここまでやったからには最後まで処置しないと気が済まないので」
「でも、これは売り物なんじゃ?」
「私、商いに行く訳じゃないので大丈夫です。貰ってください」
「本当に良いの?」
「はい」
大丈夫ですと笑いかけると彼は苦笑しながらも薬を受け取ってくれた。
と、横からつんつんと袖をさもん君が引っ張っている。
「お姉さんは名前なんて言うんですか?」
上目遣いで見上げて来るさもん君。か……可愛い。
抱きしめたい衝動をまたものすごい自制心で抑える。
「私は三反田ちどりっていいます」
「三反田……?」
ぜんぽうじさんが、きょとんと首を傾げた。さもん君も目をぱちぱちと瞬いている。
「数馬と同じ苗字だ!」
「え、数馬を知ってるの……?……あ、」
二人の反応を見て、私は何と無く察しがついて尋ねてみる。
「……あなたたち、もしかして忍術学園の生徒さん?」
「!?」
「……なぜそれを?」
さっきまで優しかったぜんぽうじさんの目がすっと険しくなる、さもん君を後ろ手に庇うようにして私を見つめた、いや、この場合は睨みつけたという方が良いのだろうか。
警戒されてしまった様だ
さすが、忍者の学校の生徒だなんて呑気な事を思っている私を他所に、ぜんぽうじさんは重苦しい雰囲気を振り撒いている。
「君はいったい……」
「ああ……私は怪しいものじゃないですよ……って、私は怪しい奴だなんていう悪者がいるはずもないか」
「え、」
独りで言った事につっこんでいれば、ぜんぽうじさんが怪訝そうに目を眇ている。
「あ、すみません。此方の話です。私、今から忍術学園に行くところだったんです」
「忍術学園に?」
まだ怪訝そうな顔をするぜんぽうじさん。
「はい。改めてご挨拶させて頂きます。私は忍術学園在学の三反田数馬の姉、三反田ちどりと申します。この度、そちらの校医の新野洋一先生の助手として働きながら、医者になる為の修行をさせて頂く予定です」
「え?」
「お姉さん、数馬のお姉さんなんですか!?」
「うん。さもん君は数馬と同じ学年なのかな?」
「はい!友達です!」
「そうなんだ。数馬と仲良くしてくれてありがとう」
ととと、とこちらに近づいて来たさもん君の頭を撫でるとにこにこと笑った。本当に可愛いなあ。
「新野先生の助手、ですか?」
「ええ、ほら、学園長先生からのお手紙も頂いてます」
ぜんぽうじさんは私が渡した手紙をじっくり眺めた。
「確かに……学園長先生の筆跡ですね」
「……疑いは解けましたか?」
ぜんぽうじさんは驚いた顔で私を見た。
「あ……ごめんね」
「いえ、忍者の学校ですから、そういう警戒は必要なんでしょう」
学園長先生からの手紙、地図にもそれぞれ、流出厳禁の旨が書かれていた。
それに、数馬は学園の生活を殆ど私達家族に教えない、忍者というのはそういうものなんだと知らされていた。
「うん、ごめん。でももう大丈夫だから」
「謝らなくて良いですってば」
申し訳なさそうに頭をかくぜんぽうじさん。さっき、真っ先にさもん君を庇った事といい、彼はやっぱり優しい性格の人なんだろう。
「でも、新野先生の助手ってちどりさん幾つなんですか?」
さもん君が不思議そうな顔をしている。
「……えーと、十七歳。」
「十、七?」
「善法寺先輩より年上だ!?」
やっぱり驚かれた。
「ごっごめ…いや、すみません!てっきり年下、いや同じ年だとばかり…。」
「良いですよ、慣れてますから」
歳の割には貧相な体つき、自分で言うのも悲しいな……それと、これまた歳の割には落ち着きがない性格のせいではあるだろうが、年相応に見られないのは今に始まった事ではない。
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