理不尽に爛漫に/道理に叶って絢爛で
□閑話・少年T君の場合
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忍術学園の生徒達は、本日は麓の町で祭があることから皆何処か浮かれ気味である。
そんなふわふわとした空気が漂う学園にて一人、うんうんと唸りながらさ迷う生徒がいた。
「あー、やっぱ気になるよなあ。いや、んー……でも、なあ……」
迷い癖のある五年ろ組の不破雷蔵……ではなく、同じくろ組の竹谷八左ヱ門である。
彼が思うのは同級の友の事。一人は古くからの輩、鉢屋三郎。もう一人は新しい輩、藤山葵であった。
「てゆーか、葵もなんで利吉さんと一緒に行っちゃうかなあ」
此度の祭り。上級生にとっては単なる羽伸ばしという訳でもなく、一部では滅多と無い逢い引きの機会と捉え、恋仲の相手や慕う相手を供だって出掛けるものも多い。
竹谷は、藤山が誰とも、あの鉢屋とも祭に行かないと聞いた時にほんの密やかなものではあったが腹の内で「これは」と拳を握っていたのだった。
然し、其処に来て、あの優秀で見目良く、経験も豊富そうで、竹谷の目から見て完全無欠にしか見えない山田利吉が降ってわいたかのように出てきたのである。
……ちょっと期待したとかそんなんじゃないけど、三郎が動かないんじゃ俺だってどうしようもねえし、三郎を差し置いて俺がどうこうできてたら苦労しねえし
と、まあ、竹谷少年の胸中は複雑だった訳である。
「ていうかなんだよ勘右衛門も兵助も!!俺の目の前であっさりくのたまの誘い受けやがって!」
複雑な胸中は回り回って先程の光景への怒りの矛先へ向けられる。
「はあ……良いよなあ…………俺だってちょっとは良い思いしたい」
怒ったかと思えば肩をがくんと落として嘆いたり、全くもって忙しい奴であった。
……まあ、良いや。飼育小屋にでも行こう
と、百面相はしょんぼり顔に帰着し、とぼとぼと歩き出す。
その時だった。
「たぁけやせんぱぁーい」
ぞわりと背筋が冷えた。
なんだこの無理矢理可愛い子ぶった様な男の声は。
物凄く嫌な予感がするのに、あろうことか彼は反射的に振り返ってしまう。そして、ぴしりと固まった。
「竹谷せんぱぁい。きぃとお祭りいっきましょー」
「おほおぉおおおっ!?」
四年い組の綾部喜八郎が、伝子さん流がっつり厚塗り化粧を施した女装の綾部喜八郎が、此方へ走ってくる。
しかもあの間延びした無感情な声に全くそぐわない、腕も脚も振りかぶった某いけどんも斯くやの全速力でだ。
其処に何時もの真顔も加わって最早恐怖感しか与えない高速移動物体と化した後輩に本能的な危険を察知した竹谷は当然ながら遁走する。
「あーん逃げないでぇー」
「無茶言うなああああっ!」
自分が何をしたというのだ。
涙が出そうになりながらも追い縋る綾部から逃げていれば、突如、誰かにぶつかる。
「きゃっ!」
「あっわっ!?」
聞こえた声は女の声だった。
倒れているのは小袖を身に付けた美女。
「あっ、すっ、すみません!」
慌てて手を差し出したらそっと握り返される。ぎょっとする此方を見上げてくる潤んだ眼、顔立ちは美しいが見覚えの無い女……に見える、
「…………三郎?」
「正解ですわ、八左ヱ門様」
完璧な女声に、ぞわわっと鳥肌が立つ、身を引こうとした腕を到底おなごとは思えぬ力でしっかと掴まれた。
「ごふぅっ!?」
やおら、腰が折れんばかりの衝撃が竹谷の脇腹を襲う。
「あーん、竹谷せんぱい、やあっと追い付いたぁ」
喜八郎(伝子さん流女装)が腹にしがみついている。
目の前には美女に変装した鉢屋がにこにこと笑いながら腕を握りしめている。
「え、ちょっと……なんなんです、これ……」
思わず敬語になる竹谷だった。
「きぃはぁ、竹谷先輩とお祭りいきたいんですぅ」
「なにその口調!?なんのキャラだ!無表情止めて怖い!」
「八左ヱ門様ぁ、おみつの相手もしてくださりませぬか」
「止めろお!なんの嫌がらせだお前ら!!」
形振り構わず腕を振り回し、脚をばたばたとすれば、漸く少し離れる二人だったが、ぜえぜえと竹谷が息を整える内に今度は両隣から挟み込まれ腕を掴まれる。
「嫌がらせなんてとんでもないですわ」
「情報提供者としての責任を果たしてもらうんですぅ」
「じょ、情報提供者……?」
喜八郎は人を食ったかのように赤い唇をきゅうっと笑みの形にする。
それはおざなりではあれおなごの振る舞いをしていたそれとは違う、綾部喜八郎そのものの笑みだった。
「竹谷先輩も気になるでしょう?利吉さんと葵の件」
「はっ!?」
竹谷は思わず飛び上がりそうになった。胸中を読まれたかのような感覚に顔が熱くなるのを感じる。
三郎を差し置いて、と頭にぱんと浮かんだ言葉に彼は一方の隣を見るが、『おみつ』は相も変わらず華やかな笑みを浮かべて……否、眼の光方があまりにも剣呑だ。
「……いい加減にしろよなぁ」
竹谷の口から出たのは苦言ではあったが、声は弱々しくなんの抵抗にもならない。
「気になるならお前らどっちかだけ女装して逢い引きのふり」
「「ふりでもそれだけは嫌」」
「……そうか」
竹谷を挟んで顔を見合わせ、いーっと顔をしかめ合う二人に、竹谷は腹の内の空気が無くなるんじゃないかという程の深い深い嘆息を溢す。
「はわわー幸せが逃げちゃうですぅ」
「誰のせいだと」
「あら大変、追いかけましょう」
「聞けよ」
女装男子の男子たる力×2にずるずると引き摺られていく竹谷の顔は憮然たる声に反して悟りを開いたかの様な無表情であった。
竹谷はまた溜め息を吐く。『気になるでしょう?』だなんて言われて、あんな三郎の目を見たらもう行かざるを得ない。
其処にあるのは友情と、ほんのちょっとの負けん気だ。
然し、その約半時後、まさかの連れ込み宿にまで文字通り連れ込まれるとは、その時の竹谷少年は思いも寄らなかったのである。
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