理不尽に爛漫に/道理に叶って絢爛で

□思惑それぞれ空の内
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※オリジナルくのたま上級生が出て来ます。


 忍術学園、教室前廊下を凄まじい勢いで走る彼を擦れ違う者達は皆ぎょっとした顔で振り返る。

「大変だ大変だ大変だああああっ!!」

 彼、五年ろ組の竹谷八左ヱ門。叫んでいるのは恐らく無意識である。
 勢い余って目指すべき教室を通り過ぎ、つんのめりながらも踵を返す。返した先に立つ怪訝そうな色を微かに乗せた無表情に飛び上がるのだった。

「ぅおっ!?兵助!!」

「勘ちゃんもいるよー」

「どうしたのだ八左ヱ門。デケデケと忍たまらしからぬ慌てぶり」

 竹谷の同輩、五年い組の久々知兵助と、彼の(趣味に関わる事以外では)表情に乏しい然し、精緻に整った面輪の乗る肩口から、ひょいと愛嬌たっぷりで何処か剽軽な顔を出した同じくい組の尾浜勘右衛門。

「いや、それが、葵が、」

「葵がどうかしたのかい?」

 五年い組二人組の向こう側、竹谷が目指していた教室の入り口から顔を出した柔和な細面、その顔立ちに違わない穏やかな口調と雰囲気から彼が五年ろ組の不破雷蔵である事が分かる。

「そうだ、雷蔵!三郎はいるか!?」

 竹谷の問いに、不破は柔らかな笑みを浮かべてこっくりと頷く。

「今、葵って聞いただけで逃げかけたから首を掴んでいるよ」

「く、首!?襟とかじゃなくて直接首!?」

「ひゅーぅ!!さっすが雷蔵!」

「三郎に聞かせねばならない話なのか?」

 顔を微かに青くする竹谷と、ひたすらに楽しげな尾浜と、ひたすらに冷静な久々知。三者三様の三人は不破と不破に落とされる寸前であろう同級生、鉢屋三郎が待つ教室へと入るのであった。

「で、どうしたのハチ」

 教室へと入れば、落とされる寸前ではなく既に落とされていたのか鉢屋は床に伏していて、それを凝視していた竹谷は不破の呼びかけで我に返る。

「あ、えっとな。葵の奴、祭りに行くらしいんだよ」

「「「「え」」」」

 四人分の「え」が車座の中に落ちる。

「一人でかい?」

 不破は目を瞬かせ、

「いや、話の流れ的に誰か供だってだろう」

 尾浜は腕を組み思案顔、

「だが、三郎はこの有様だし一体誰とだ」

 久々知は竹谷に問いを返し、

「……何故、私があんな山猿と逢い引きする前てびっ!!」

「ごめん、三郎。今はややこしいから静かにして。で、誰となの?」

 鉢屋は上げた顔を再び不破によって強かに畳に押しつけられた。

 竹谷はその様に苦笑しつつ、また思っていた以上の反応があった事に驚きつつ、そろりと口を開いた。

「えっと……利吉さんとらしい」

「「「「は」」」」

 今度は四人分の「は」が車座の中に落ちた。

「ありゃ、予想が外れた。てっきり七松先輩辺りかと」

 尾浜はけろりと笑い、

「綾部という線もあったぞ。然し、何故利吉さんなのだ?」

 久々知は再び問いを竹谷に返す。

「偵察任務への同行だって葵は言ってたけど」

「怪しいと言われれば、まあ、怪しいよね。」

 不破の言葉に竹谷はぶんぶんと頷いた。竹谷の脳裏には先日の食堂での山田利吉と藤山葵の様子が記憶にも新しい。




「……で、それがどうしたと言うんだ」

 ざりと畳を擦りながら身を起こした鉢屋がぞんざいに吐き捨てる様に言った。じとりとした剣呑な目つきを向けられた竹谷は僅かに身動ぎする。

「え、いや、どうしたって……その、い、良いのかよ、行かせて」

「お前、それは何のつもりで言っている」

 気怠げな動きで立ち上がった鉢屋は車座の同輩達をきろりと見下ろした。

「あいつが誰とどうしてようと、私には一切の関係などありはしな、」

 そうして歩き出した端から文机に足を引っ掛け盛大に転んだ。
 誰かが何かをした訳では無い、自ずと盛大に転んだ。尾浜が微かに震え出す。
 鉢屋は然し、何事も無かったかの様に立ち上がった。

「「「「……………」」」」

「……関係はな、」

 ごんと鈍い音がした。
 教室を出ようとでもしたのだろうか、半身を入り口横の壁に引っ掛ける様にして肩を強かにぶつけた。
 それなりに痛かったのか、体を折り、肩を撫でている。尾浜が唇の端から妙な音を出した。

「「「「…………」」」」

「……関係、」

 入り口のあるかなしかの段差に躓き廊下へべしゃりと倒れ伏した。

「……か、」

「いやもう止めろよ!?取り繕えねえぐらいに滅茶苦茶動揺しまくってんじゃん!!?」

 堪えきれなかった竹谷の叫びと、尾浜の哄笑が教室を震わすのだった。



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