理不尽に爛漫に/道理に叶って絢爛で
□「がんばれ」
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僕の友人は最近様子が変だ。
僕の友人は、まあ、奇人変人とは言い過ぎかもしれないけれど、兎にも角にも個性の強い人々が集まる学園でも輪を掛けて癖の強い奴ではあるのだが、変と言うのはそういう意味では無く
「三郎、」
その名を呼べば、漸く教室の窓から此方を振り向く。
僕が隣にいたことにすら気づいてなかったみたいだ。
「ん、どうした。雷蔵」
僕の名を呼び返すのは笑顔だか、何処か力の無い顔にも見える。
「別に、何を見てるんだろうかって思っただけさ」
「そうか、うーん……実は、何も見てない」
そう言って、苦笑する。
「最近、良くぼんやりしてるね」
「そうかい」
「そうだよ」
何時からだろう。そう、二十日以上前か、以前に、カエンタケ忍者に学園が襲撃を受けて、多分その辺りくらいからだ。
彼が時々、遠くを眺めるようになったのは。
まるで、誰かを待っているみたいな、心細い横顔を僕は何度も見て来た。
悩みがあるなら言って欲しいけれど、下手に踏み込むのも良くないかな、うーん、でもなぁ……
「雷蔵、雷蔵。起きろよ」
「ん、あ、ごめん」
「……雷蔵はしょうがないなあ」
悪い癖だ。
と、頭を掻く僕に、三郎はやっと楽しげな笑いを溢した。
「あ、あれ。客人みたいだ」
教室の窓からは、丁度正門が見える。
事務の小松田さんが、門から誰かを迎え入れるのを見た。
「ねえ、あの人、竜王丸さんじゃない?」
「っ、ほんとだ!!竜王丸先生だ!!!」
出門表にサインをしているのは、学園長先生の御友人で変装の達人、三郎の憧れの人である竜王丸さんだ。
三郎は窓から身を乗り出しながらぱあっと顔を輝かせる。
「良かったね、三郎…………三郎?」
僕は隣の三郎の横顔を思わずまじまじと見てしまった。
さっきまで嬉しそうに綻ばせていた表情が一瞬で固いものに変わっていた。
目を見開き、その目の中心で黒目が揺れている。
窓の縁を筋が浮き出るくらい強く掴んでいる。
その目線の先を追えば、竜王丸さんの後に続くようにもう一人、誰かが門を潜って、小松田さんから筆を受け取っていた。
「っ、三郎!?」
いきなり三郎は踵を返し、教室を飛び出す
「ど、おほうっ!?」
そして、丁度、教室に入ろうとしたハチとぶつかって思いっきり二人揃って縺れ合い倒れた。
「おいっ!?どうした三郎!!?」
返事は無い。
ハチの下敷きからもだもだと這い出し、三郎は廊下を走り去っていった。
「いったい、なんだってんだ」
「……さあ」
残された僕とハチはぽかんと口を開けて顔を見合わせる。
三郎があんなでかい足音を立てて走るのなんて、僕は初めて見た。
僕の友人は、最近変だ。
でも、何だか、僕も変みたいだ。
「雷蔵、なんで笑ってんだ」
「そういうハチだって、」
何だか、新しいことが始まる様な気がする。
そして、それは、何だか希望の匂いがするんだ。
彼女は、それを火にくべようとしている。
その手に握られているのは、水色の、彼女が今生きる時代では水浅黄と呼ぶだろう色の、ノートであり、それを燃やそうと小さな火を前に、然し、彼女は迷っている。
時が来れば破棄せねばなりません、と彼女の脳裏に無機質な声が蘇る。
彼女はノートを開く。
其処に羅列された文字は彼女の心情に反して気楽な真剣さに溢れていて、その筆跡と内容に、苦笑を漏らした。
頁を捲り続ける、その指は、ふ、と止まる。
最後の頁だ。
其処に書かれてあるものを彼女の震える指がなぞった。
何時から其処に書かれてあったのだろう。
自分は何故、今、それに気付いたのだろう。
御都合主義だ。
と思ってしまえばそれまでである。
しかし、ありがとう、と彼女は何処かに向けて呟く。
目から溢れるものを腕で乱暴に拭い、彼女はそのノートをあっさりと火の中へ投げた。
カチリ、と音がした。
彼女の内側からの様でもあり、何処かとても遠くから聞こえた様なその音に、彼女は空を仰ぐ。
朝の空は、何処までも青い。
輪は閉じたのだろうか。
と、僅かに痛む胸と心細さを抱えながら、彼女は空の眩しさに目をぎゅっと目を細めた。
名を呼ぶ声がする。
振りかえれば、林を越えてくる翁がいる。
彼女の大事な家族だ。彼女は微笑む。
「そろそろ行くぞ」
そう言う翁に彼女は頷く。
出立なのだ。
くすぶって、煙を上げているそれに土を掛けて埋めた。
「何を燃やしておったんじゃ」
「狼煙の練習」
「そうか」
嘘は見抜かれている。
それでも追求をしない、その翁の突き放しているようでじっと見守っている暖かさが彼女は愛しかった。
「然し、あれだけ渋っておったのに、どういう風の吹き回しかの」
「まあ、もう一度全部やり直せないかなって……楽しんでも良いのかなって、思いまして」
「なんの話じゃ」
「……竜爺も良く許してくれたよね」
「…………今度、勝手に出ていったら破門じゃからな」
「はい、竜じ、じゃない、師匠」
翁と連れだって歩き出す。
彼女は一度だけ、振り返った。
木漏れ日の揺れる林の中、いったい何処でノートを燃やしたのか、もう分からなかった。
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