理不尽に爛漫に/道理に叶って絢爛で

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 一連の『逢坂さくら』に纏わる騒動はカエンタケ忍者隊襲撃の中での『逢坂さくら』つまり笠谷千香本人の死亡により幕を閉じた。

 学園長先生及び、学園教師、生徒達は軽傷者は多いが全員命に別状は無く、今は用具委員会の指揮の元、カエンタケ忍者隊討伐により損傷破損した(その半数が七松先輩のいけどんと綾部の罠のせいだったけれど)学園敷地内の補修にほぼ全員が駆り出されている。

 学園生徒達は、一人の少女によってばらばらになりかけた事なんか無かったかのように、皆協力しあい、時に喧嘩もしながら、まあ、言うなれば元の日常へと戻ったのである。


 笠谷千香の遺体は金楽寺に埋葬されたらしい。
 彼女の遺体に取りすがる藤山を引き剥がすのに随分と苦労した。

 半狂乱になったあいつの爪で傷付いた私の首には当て布がされてある。








 その私、鉢屋三郎は現在、修繕から離れ、共に最前線で騒動に立ち向かった尾浜勘右衛門と一緒に学園長室に呼び出されていた(庵は例によっていけどんに半壊状態だ)。



「……つまり、学園長先生はカエンタケ忍者隊の襲撃は想定の内であったということですか?」


 勘右衛門が、学園長先生から聞かされた事の顛末に僅かに目を見開いた。
 学園長先生は私と勘右衛門に一回ずつ頷く。

「うむ。雑渡殿と、利吉君から事前に忠告を受けたからの」

「利吉さんに?」

 勘右衛門が意外な人物の登場に首を捻る。そう、それも私は疑問に思っていたところだった。
 しかし、学園長先生はそんな私達に構わず話を続ける。

「カエンタケ忍者隊の襲撃はわしと先生方は周知の事実であった。だからこそ、わしは敢えて人質となったのじゃ」

「…………先生は、逢坂さくらに寄って乱れた結束を我々が自ら再び結び、一丸となり動く事を望まれた。その為の行動だった、ということですね」

 私の言葉にゆったりと頷く学園長先生は、しかし、その表情を少し曇らせる。

「しかしながら、予想外が二点あった。カエンタケ忍者隊は逢坂さくらだけではなく葵をも手中に納めようとしていたこと。そして、後続のカエンタケ忍者隊及び、カエンタケ軍が、学園を追われた者達を挟み撃ちにしようと動き出していた事じゃ」

 ずず、と茶をすすり、深い溜め息を吐く。

「後続の襲撃の知らせはタソガレドキ忍軍からじゃったそうな。山田先生達はそれを受けて、生徒達全員を一先ず学園に送り込み、教職員で後続を迎え撃つ事に決定した」

「ああ、だからか」

 勘右衛門が合点が言った様に呟く。

「藤山が言ってたんです。山本シナ先生の見張りが無かったって。安藤先生の言葉を受けて、藤山がどう動き出すか、そしてそれに対し我々がどう動こうとするか……全ては先生方は想定の内だった、と」


 深く、しっかりと頷く学園長先生に、私達は何とも言えない溜め息を吐く。



「……しかし、あの様な結末となるとはの」

 学園長先生は湯飲みを擦りながらふっ、と、目を伏せる。
 幾分か憔悴しているかの様に見えた。

 血に濡れた少女の亡骸を抱き締め、助けてと譫言の様に繰り返していた藤山の姿が脳裏に甦り、私は知らず拳に力が籠る。

「カエンタケ忍者隊は、」

 尾浜の問いに学園長先生がきろ、と、目を上げた。

「現在はタソガレドキ忍軍が対峙しておる…………忍術学園としては、これ以上の深追いはせん」

 それは妥当な判断だと私は思った。
 この学園は、ともすれば一国一城に相当する兵力はあるが、それ以前に学舎なのだ。
 仕掛けられれば迎え撃つが、此方から闘いを仕掛けるなんてことは絶対にしない。それは以前からもずっと変わらない学園としての立ち位置だ。

「さて、今日お前達を呼んだのは、最前線にて対処に当たってくれた感謝と、そして、事の顛末を明かす為じゃ。二人ともようやってくれたの」

 学園長先生が茶菓子を進めてきたが、私達はそれを素直に受けとる気にならない。

「それは、藤山にこそ言うべき言葉です。何故私達だけを呼んだのですか」

 勘右衛門がそう言えば、先程よりもさらに表情を曇らせ、学園長先生は緩慢な手付きで顎を擦った。


「もう一件、重要な話があるのじゃ」


 重々しくその口が開く。

 やはりか、と私は唇を引き締めた。先程聞いた先生方が裏で動いていた件については、詳細の程はどうあれ上級生達は皆憶測していた事だ。今更聞いたとて、大した情報にはなり得ない。

 藤山を此処に呼べない、その理由は今から伝えられる何事かが関係している。

 そう身構える私達を、学園長先生はじっと、見つめ、深い嘆きの籠る溜め息と共に話し出す。








「金楽寺に埋葬された、逢坂さくら、笠谷千香の遺体が、昨晩何者かに、恐らくはカエンタケ忍者に寄って持ち去られた」

「え!?」

「どういう事です!?」

 学園長先生の眉間に深々と皺が刻まれる。

「死者をも辱しめるとは下道以外の何者でもない…………鉢屋、尾浜。荷が重い事を頼んでおるのは重々承知じゃ。しかし、この事は、決して、何があっても、葵の耳には入らぬ様に注意を払っておくれ」


 私達は何も言えず、ただ、のろのろと頭を下げるのだった。

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