理不尽に爛漫に/道理に叶って絢爛で
□払暁
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※暴力、流血表現あり
逢坂さくら、いや、笠谷千香の手にある刃は深々と、藤山葵の身体を突き通り、その冷たい刀身から赤を滴らせていた。
咳き込むような声を出した藤山の口から、赤と黒が混じったものが溢れたのを見た瞬間、鉢屋三郎は彼女に駆け寄るべく震える足を叱咤する。
血が逆流する様な感覚と共に、鉢屋の視界一杯に倒れ行く、頼り無げな、血に濡れた少女の姿が広がった。
「っ!?」
常からの冷静さを全く欠いてしまった鉢屋は、背後から近づく気配に気付けなかった。
のし掛かられる様に動きを封じられる。
「三郎!!葵!」
「なんということを……!」
「くそっ、兵助!学園長先生を連れて逃げろ!!俺が食い止める!」
見知った声と争う音。
しかし、鉢屋の視界には次第に色を失っていく藤山の姿しか映らなかった。
動きを封じる重みを払おうと、鉢屋は唸りながらもがく、ごきり、と嫌な音が聞こえた。
「あぐっ、」
呻き声、何かがどさりと落ちる音。
「なんとも、はや、勿体無いことになってしまったなあ」
その時、肌がぞわりと粟立つ嫌悪感すら覚えそうな、ねちっこく冷たい蛇の腹の様な声が辺りに響く。
「…………実方、様」
血濡れの刀をばたりと落とした笠谷千香は、不意に現れたその男に目を見開く。
其処に映るのは恐怖と懇願の色。
白い細面の顔に、斜めに大きく月の様な傷を渡らせた男は、地に縫い付けられた二人の少年にそのぬらりとした白眼がちの目を巡らせる。
「…………忍術学園の少年達。お初に御目にかかるね」
「お前はっ!カエンタケ忍者隊首領か!?」
突如現れたカエンタケ忍者に押さえ付けられた、尾浜勘右衛門が噛み付くように叫ぶ。
鉢屋は未だ、押さえ付ける腕から逃れようと唸りながらもがいていた。
「左様。私がカエンタケ忍を指揮する者、武市実方だ」
声も、その姿も、蛇を思わせるその男は、白い手を笠谷千香に向かって伸ばす。
「さあ、さくら。おいで」
笠谷千香の目の恐怖が深くなる。
しかし、やがてそれは、全てを諦めた様な渇いた黒に支配され、見えない糸に操られるかの様に、ふらふらとその蒼白な手を掴もうとした。
「良い子だ。失敗してしまったのなら仕方ない。妓廊に返したりなんてしないよ」
笠谷千香の薄く小さな手を絡めとるかの様にその酷く冷たそうな長い指が掴んだ、
その瞬間である。
鉢屋の視界に、藤山の身体が、ひくりと動くのが見えた。
「チカちゃんを離せ!!」
雷鳴の様に朗々と轟く声と共に、先程、銀刀に貫かれた筈の血濡れの少女が、武市の白い顔を強かに殴り飛ばした。
予想外の事態に、鉢屋を押さえる腕の力が緩む。
その隙を逃さず、鉢屋は飛び上がるようにして、腕の持ち主であるカエンタケ忍者から距離を取り、鳩尾に向かって正確に攻撃を打ち込み、その一蹴りで落とした。
「藤山!!」
口許を拭いながら藤山は不意打ちの攻撃に吹き飛んだ武市に向かっていく。
明らかな致命傷を受けた筈であるのに、そんな事実などなかったと言わんばかりに軽やかで鋭い動きであった。
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