理不尽に爛漫に/道理に叶って絢爛で
□切り札
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それは、
何回目の世界で、
起きた事だったのか、
「あ、それ、」
急に掛けられた声に、私はびくりと肩を震わせる。
中学校に入学して間もない頃、小学校からの親友のゆうちゃんとはクラスが分かれてしまい、加えて体操の稽古の為に、部活にも入れず、碌に休日や放課後に遊びにも出れない私は正直乗り遅れていた。
ぽつんとなってしまいがちな休憩時間をやり過ごす為に、いつも小説を読んでいた。
その、中身を覗きながら声を掛けてきたクラスメイトをおずおずと私は振り返る。
「私も好き」
「え!分かるの笠谷さん!?」
うん、と頷く彼女、笠谷千香の笑顔に、私はあからさまに舞い上がる。
「マジか!これ結構マイナーなのに!!」
「あはは、そうかも。私、それのスピンオフが好きで、」
「嘘!私も私も!!え、ねえねえ、他には何がってあ、ごめんちょっと落ち着くわ」
直ぐにテンション行方不明になるのは悪い癖。と、ゆうちゃんに言われたのを思い出したのだ。
深呼吸を繰り返す私に彼女は、ぷっ、と吹き出した。
「初めて喋ったけど、面白いなあ藤山さんて」
それが、切っ掛けだった。
それからの休み時間は彼女と小説の感想を話し合ったり、昨日見たテレビ番組や他愛ないことを話したり、それだけであっという間に時間が過ぎた。
私が体操の稽古で忙しかろうと嫌な顔ひとつせず、僅かな時間を見つけて楽しく過ごそうとしてくれる優しく穏やかな彼女と名前で呼び合う様になるのはそう時間は掛からなかった。
チカちゃんと友達になれて本当に嬉かった。
毎日の学校が楽しみすぎて、ゆうちゃんに呆れられる程に私は毎日元気一杯だった。
それが崩れ出したのは、何時だったか。
だからさあ、喋りかけんなつってんの。
あっちいけよ、ウザいから。
二学期後半の班替えで、チカちゃんは同じ班の女の子達を含む一部のグループから辛辣な言葉を受けたり、無視をされたりするようになったのだ。
理由は、なんだったろう。
喋り方が気にくわないとか、先生や男子に良い顔をしているとか、そんな下らない事だったと思う。
でも、そのたったの四人の子達の言動がクラスの雰囲気を大きく変えた。
まるで、ぴんと張った紐を皆で持たされているような緊張感。
その中央では、四人の女子が、残酷に顔を歪めながら、力が弱くて紐を緩めるものや、紐から離れようとするものを見つけ出し、厳しく裁こうと常に目を光らせている。彼女達が、世界の中心だった。
チカちゃんは、紐を持つ力が弱かったのだろうか。
それでもどんなに、自分が、誰かが、身が抉られる程に追い詰められ、手酷くつつき回されようと、私や皆やチカちゃんは、その紐を離すことができなかった。
離してしまえば、永遠に全てから見放されてしまう。そんな錯覚に溺れていたのだ。
「チカちゃん、大丈夫?」
私がチカちゃんに話しかけるのは、彼女達の目の届かない放課後。
チカちゃんを見捨てる事が苦しい私も、裁かれるのは、つつかれるのは、恐ろしかった。要は臆病な卑怯者だったのだ。
それでも、優しいチカちゃんは、私の薄っぺらいその言葉に、いつも淡い笑顔で答える。
卑怯な私は、それで安心する、安心したと思い込む。
四人の少女はエスカレートする。
落書き、物が無くなる、壊される。
だけど、私達は紐を離さない。
離さず、その中央で、チカちゃんがつつかれているのを見ている。
「藤山さぁん」
そして、ある日、四人の内の一人が、私を見て、にこりと笑う。
「藤山さんってさあ、」
そっと優しく耳元で囁くようなその声に、私は喉を絞められているような恐怖に支配された。
休み時間。
チカちゃんは、彼女達に命ぜられて、捨てられた靴を探しに行っていた。
クラスメイト達は皆無言になり、私は世界の中心に無理矢理立たされたような感覚に、座っている筈なのに足がすくんで崩れ落ちそうだった。
「あいつと、仲良いんだっけ?」
「ち……、」
辛うじて、あるかなしかの薄っぺらな良心が、私の口から否定を出すのを留まらせた。
「なん、で……?」
その子は、心底楽しくて仕方ないと言うようにニッコリ笑って私の耳に噛み付くようにして囁いた。
「あいつのアドレスと番号教えてよ」
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