理不尽に爛漫に/道理に叶って絢爛で
□切り札
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「来たのね。」
そう言って逢坂さくら、いや、笠谷千香は、蒼白な顔で私を見下ろす。
銀光を溢す刀を片手に、ゆっくりと庭に降り立つ彼女の向こう側に、学園長先生と二人の忍者が見えた。
次の瞬間、その二人の忍者が学園長先生を抱え上げ、塀へと飛び乗る。
「!?」
「爺ちゃん!!」
チカちゃんも驚いた様に目を僅かに見開いて塀に立つ忍者二人を見た。
あ、まさか……
「藤山も逃げるぞ!早く来い!!」
「尾浜君!久々知君!!」
ばさりと無造作に剥がされた頭巾の下から現れた顔に私は唖然とする。
「ど、どうやって此処まで!?」
私の問いに返ってくるのは不敵な笑み。
「カエンタケ忍者は予想外に全く統率が取れてなかったってだけさ。何しろもっとも大事な庵の見張りが二人だけときた」
「交代を偽った俺達の顔の確認だって碌にしない……大方、逢坂さくらがいることに頼って己らの力量を過信したんだろう。忍者としては致命的だな」
それでも危険すぎる賭けだったろうに、それに此処は、
「私は良いから、爺ちゃん連れて早く行け!!」
チカちゃんの能力の範囲だ。
早く逃げないと取り込まれてしまう。しかし、二人は事も無げに笑って左手を開く。
血に染まったそこから、からんと落ちる刺の様なもの、巻菱だった。
「へえ……痛みで正気を保つかあ。なかなか考えたのね」
その声に私の肌がぞわりと粟立つ。私をすり抜けるように広がる霞。
血走った目をした彼女は肩で息をしながらも、なおも美しいあの笑顔で笑おうと口許を歪める。
「でも、己を過信してるのはあんた達も一緒かもね?」
「っ、逃げろ!!!」
うねる腕の様に、おぞましい生き物の様に、霞が二人に飛び掛かろうと動く。
二人は何故か足がすくんだかの様に目を見開いて動けないでいる。
鼻に付く臭い、喜八郎は甘ったるいと言った。
甘い?これが?
いや、違う、私はこの匂いを何時かの記憶の中で嗅いだ事がある。
これは、
これは、
死臭だ。
「チカちゃん!!!」
絞り出すように出した筈の声は予想以上に大きく辺りに響く。
霞が空気中に縫い付けられた様に動きを止めた。
私はチカちゃんの顔を見つめる。
彼女は、瞳孔が蒼白い白眼の中で揺れるのが見えるほどに目を見開いて、白くひび割れた唇を震わせて、私を、いや何処も見ていない様な目をただ此方に向けた。
「今……何、て、」
「貴女の、」
「やめて」
「本当の、名前は、」
「やめて、やめて、やめて、やめてやめてやめてやめてやめて、やめてやめてやめてやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ、やめろおおおおおおお!!!!」
頭を振り乱しながら彼女が千々に崩れていきそうに見えた。
「藤山!」
尾浜君が叫ぶ声を背に受けながら、彼女に近づく。
私は散々になったものを掻き寄せる様に、
「もう、止めよう」
彼女を抱き締めて、そのがたがたと震える耳元に囁く。
刀がばたりとその手から落ちる。
「……笠谷、千香ちゃん」
突風が起きた。
冷たく、何もかもを綺麗に洗い流すように、うねりながら。
私の胸を貫くように吹くそれに、私はぎゅっと目を閉じた。
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