理不尽に爛漫に/道理に叶って絢爛で
□学園奪還大作戦、開始
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沈黙は、私の耳を突き刺して頭の奥が痛くなる程だ。
三郎の目が闇夜にぼんやり浮かびながら私をその場に縫い付けるように、只無言で見ている。
「……構うなよ」
先に声を出したのは私だった。それはしかし、何処か遠くよそよそしい。
「私が行けば、それで、解決じゃない」
三郎は答えない。唇を硬く引き締めている。
「教えてあげるよ、三郎」
重たい体を持ち上げる様に立った。
自分の声がうわんと頭の中で反響する錯覚。三郎にのろのろと歩み寄る。
近くで見る三郎の肌や睫毛や鼻筋は本当に変装で作られた紛い物には見えない程に真っ当に見えた。
紛い物がいるとしたら、この私以外他ならない。
この皮一枚の下は臆病者の卑怯者だ。
私は、その皮の端に手を掛け、べりりと引き剥がす事を夢想しながら口を開く。
「逢坂さんが、彼女が、この世界に来る原因を作ったのは、この私なの」
「学園に行く前に、喜八郎。お前に聞きたい事がある」
立花仙蔵の白眼は青く光るように見える。
彼に声を掛けられた綾部喜八郎はその相貌を縁取る長い睫毛をふるりと揺らした。
「お前は何故、藤山葵に其れ程に心を許している」
綾部の周りの四年生達に僅かな緊張が走る。それは、多からずではあれ彼等も抱いていた疑問。
「鉢屋と尾浜は分かる。彼女と行動を共にし、奔走した仲間としての情だ。そして、長次や下級生達は仲間と先輩を取り戻してくれたという感謝、小平太や我々は正気に戻して貰ったという恩。…………お前は、その何れにも当てはまらない様に私には見えるのだ」
「おやまあ」
白い石灰の様な唇がぼやんとした声を紡ぐ、酷く平淡なそれは、何処か冷たさを孕む。
「葵を疑っている先輩に僕が素直にそれを話すとでも思っているのですか」
立花の柳眉が微かに揺れた。
沈黙が流れる。
「……う、嘘ですよね?立花先輩は葵さんを疑ってなんかいませんよね?」
浦風藤内の震える声が、沈黙を破る。
やがて、立花の花弁のような口唇が、はた、と開いた。
「ああ、そうだ。疑っている。お前の藤山に対するそれは、執着に近い、まるで、」
「逢坂さくらの、術の様だ、と」
綾部が立花の言葉を遮る。
暫時、その唇が歪む。
「じゃあ、聞き返しますけど、ならば、何故先輩は、葵を差し出すことを良しとなさらないのでしょう」
「それは…………学園を少なからず救おうとした彼女を犠牲にするのは、道理に合わないからだ」
「でも、同時に、その感情も葵に作られたものではないか、と疑っている。……違いますか?」
夜そのものの様な黒目が、立花を射抜く様に見る。
立花は再び沈黙する。
「僕は葵が大切で、それにはちゃんとした理由もあります。ですが、信じきる事も疑いきる事も出来ない先輩に話しても意味が無いんです」
「……話す気は無いのだな」
「そうです。ただ、言えるとしたら、先輩が僕と葵を見て言ったあの言葉は、案外的を得てますよ」
「あの、言葉……?」
立花は怪訝そうに僅かに首を傾げる。
綾部は肩に踏み鋤を担ぎ直して、にこりと笑う。
「さ、ここで話してたって夜が明けちゃいますよ。取り合えず、学園長先生を取り戻して、逢坂さくらが元の世界に帰れば何の問題もないんですから。さっさと出来ることをやりましょー」
あのいつも淡白で我関せずな印象を与える少年から出ているとは思えない程にはっきりした物言いに、周りの者達は奇妙なものを見る感覚であったが、そんな彼等に構わずスタスタと歩き始める綾部に結局は着いていくのである。
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