理不尽に爛漫に/道理に叶って絢爛で
□これで問題ナッシング
2ページ/3ページ
忍術学園の裏手の茂みに潜む影。
闇夜に青白く光る相貌をそっと巡らした、その少年、四年い組の綾部喜八郎は、徐に立ち上がろうとした。
「待て、喜八郎」
その密やかな声に、綾部は動きを止め、きろ、とその猫を思わせる眼を動かす。
「おや、まあ。滝」
綾部を制止した声の主、綾部と同級の平滝夜叉丸はすっと、音もなく綾部へと近付く。
「止めても無駄だよ」
じとりと睨み付ける友に対し、平はふっと鮮やかな笑みを浮かべる。
「止めなどせん。しかし、一人で行かせなどはしない。この平滝夜叉丸の活躍の場を奪うつもりか」
綾部は僅かに目を見開き、平のその大層整った、凛とした横顔を見つめる。
「喜八郎、お前の考えていることを当ててやろう、お前は、」
「僕達の力で刻限までに学園長先生を取り戻せたら、彼女をあいつ等に引き渡さなくたって問題無いよねってことでしょ?」
「………私の台詞を取らんで下さい、タカ丸さん」
「なんにせよ、何処ぞの忍者達に好き勝手されて黙っている様じゃあ、この学園のアイドル、田村三木ヱ門の沽券に関わる」
「今度は俺達が葵さんを助けないとな。な、作兵衛」
「はい。守一郎さん」
平は後から次々と現れた面々に呆れた表情を見せる。
「守一郎。何故、三年生達まで連れてきたんだ」
「三之助君が行きたいって言ったから、」
「守一郎さんがじゃあ来いよって言ったのでー」
けろっとした顔でそう述べる三年ろ組の次屋三之助。
その次屋の腰縄を持つ同じく三年ろ組、富松作兵衛を筆頭に三年生六人が、平を見る。
「悪いですが先輩方。葵さんの協力者になったのは僕達のが先ですよ」
と、不敵な笑みを、三年い組の伊賀崎孫兵が浮かべる。
「我等三年生とて遅れは取りません!」
と、息巻くのは次屋同様に腰を縄で繋がれた三年ろ組の神崎左門。
「学園奪還の予習はしてませんが、頑張ります」
三年は組、浦風藤内は背筋を伸ばし決意の表情。
「救護班だって必要でしょう?」
同じくは組の三反田数馬がふわりと笑う。
退く気は無い。自分達も共に闘おう。
それが、三年生六人の総意である。
「……お前たちは全く、」
平は深々と大袈裟な溜め息を吐く。
しかし、その口許には笑みを浮かべながら綾部に目をやった。
「と、いうわけだが、どうする?喜八郎」
喜八郎はその場に集まる面々をぐるっと見やる。
「好きにしたら?」
何時もの間延びした、淡白な声。
しかし、その表情は、およそ滅多に見れない優しい微笑みを浮かべている。
「ふむ。では、闇雲に動くよりは、ある程度の作戦の元で動いて欲しいのだが」
涼やかな声と共に、夜に溶けるような真っ直ぐな黒髪を揺らして、六年い組の立花仙蔵が現れた。
「全く。心意気は買うが、三年生と四年生だけで大立回りは無謀だバカタレ」
それに続くは、立花と同級の潮江文次郎。
立花は潮江に同意の頷きを返して、四年生と三年生の面々を見る。
「なにせ、相手はカエンタケ城忍者隊五十人と野武士五十人の合わせて百の軍勢だ」
「加えて、逢坂さくらの術に懸かってやがるしな」
六年生二人の言葉にまだ経験の浅い下級生たる三年生達の顔に不安が宿る。
それを感じ取った立花は、ふっ、と表情を緩めて、言葉を続けた。
「案ずるな。我々忍術学園に集う者達の総力を持って、学園長先生及び学園を奪還しようではないか」
そう言って、一瞬、立花の顔が自嘲気味に歪む。それは、潮江も同様である。
と、次の瞬間、後輩達は、目の前の光景にやおら慌てだした。
「し、潮江先輩!?」
「立花先輩!頭を上げてください!!」
立花、潮江が頭を深く、自身の後輩達に向かって下げている。
「……一人の少女にまんまと翻弄された愚かな私達を、まだ仲間と思うてくれるなら、どうか、共に、闘わせてくれ」
「俺達が言うことじゃないだろうが、今一度、学園が一つになるべき時が来たんだ。俺達は先輩として失格かもしれない。しかし、まだ俺達六年生はお前等と仲間でありたいと思っている」
「先輩……」
三年生、四年生達の面々の目が僅かに潤む。
ただ、喜八郎のみが何時もと変わらぬ飄々とした雰囲気で口を開いた。
「僕達は、僕達のしたいようにすれば良いんですよ。……何時までも下向いてないで、ちゃちゃっと御指示をお願いします」
不敬ともとれるその発言に対し、それでも、今日はお咎め無しとしようか、と立花は苦笑を浮かべながら頭を上げる。
「長次達他の六年生が、勝手に動こうとしてる一年は組を始めとする、一、二年生達を回収しに回っている。それに合流し、暫時、カエンタケ忍者討伐を開始する。必ず、全員無事に学園を取り戻す。良いな」
潮江の言葉に、応、と力強い声達が返る。
と、その直後に、平が、ふ、と感じた疑問を口にした。
「……五年生の先輩方はどうされているんですか?」
「あいつ等は、連れ戻すべき者を迎えに行った」
と、立花は軽く肩を竦めた。
.