理不尽に爛漫に/道理に叶って絢爛で
□あれはなにものか
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沢の水は冷たい。
顔を濡らすその水は、立花仙蔵の真っ直ぐな黒髪の先も濡らした。
ばっと払えば足元の草にぱらぱらと当たる音。
もうすぐ日が登り始める。
白み始めた景色の中で、立花はふと、身震いした。昨日の一件が脳裏に甦ったのである。
がさと、繁みを揺らす音に振り返った立花は、その柳眉を大袈裟に歪める。
「……朝からむさ苦しいものを見せるな」
立花の視線の先の同級は上は胴衣しか身に付けていない。
「藤山が寒いだとか寝言を言ったら、お前んとこの綾部に強奪されたんだよ」
「ふん。頭巾ばかりか上衣まで取られるとは、とんだ追い剥ぎに会ったものだな」
挑発的で皮肉混じりな言葉は、立花の通常運転である。
下手に乗らぬのが身のためと染み付いている潮江は、黙って沢の水で顔を洗う。
「文次郎、……どう思う」
立花はそんな潮江を見下ろしながら言葉を紡いだ。
「何がだ。藤山葵が、逢坂さくらを元の世界に返すということか。それとも、逢坂が未来ではなく正確に言えば異界から来たのであって、藤山もそこから来たということか。それとも、あの綾部が藤山にいたく御執心であることか」
「全てだ。寧ろ、藤山葵の存在そのものについてだ」
立花は、昨晩の藤山が、静かに自分達に語る姿を思い出す。
「先輩方は、僕について何処まで御存知でしょうか」
そう切り出された言葉に、立花と潮江は顔を見合わせた。
「お前が、逢坂さんと、同じ時代から来た。と、」
「後、理由は知らぬが、お前の事が許せないから追い出して欲しい、と」
「……ふむ。まあ、異世界どうたら言うよりは分かりやすいか、にしても他言無用案件がここまで駄々漏れってどうなんだ、」
藤山は顎を摘まんで、ぶつぶつ呟いた後、また二人に顔を向ける。
「別に信じて貰えなくても良いんすけど、まず、僕と逢坂さんは未来というよりは異界から来た。と、捉えて貰う方が良いかな、と思います」
「どう違うのだ」
「うーん。単純なこの時代の延長線上じゃなくて、ちょっとずれた所から来たっつーんですか?逢坂さんの能力も多分その事が関係してる気がします」
良く分からない事を言い出した藤山は、決まりが悪そうに頭を掻きながら言葉を続ける。
「とにかく、僕と逢坂さんは、同じ場所から来ました。逢坂さんが来た理由は分かりませんが、僕が来たのは逢坂さんのことを何とかする為なんですよ」
藤山は、そこで少し目を伏せた。
「……僕は前の世界では、既に病気で死んでいます」
「え?」
「僕の肉体的なのはもうあっちでは無くなってるみたいで、本来なら、リンネっつうんですか?生まれ変わる筈らしいんですけど、逢坂さんが此方にいるせいでそれができないとかなんとか。別に信じて貰えなくても良いんすけど、」
あっけらかんと、あっさりと、飛んでもないことを言い出す藤山に立花は目を見張る。
「そんな、馬鹿な話が、」
「だから別に信じて貰えなくても良いっつってんじゃないすか」
藤山は少し苛立った様な、投げ遣りな口調になる。
「拒否したり、失敗したら、お前の魂もろとも存在消滅させんぞゴルアって言われてますもんで」
「言われて……?何処からだ」
「……異世界監理局、的な?」
「………………」
「………………」
「ちょ、ノーコメントとか」
「葵も、」
綾部が口を開いた。
隣に座る藤山の顔をじっと見つめる。
「逢坂さくらを返したら、葵も帰ってしまうの?」
「…………分からない」
綾部の問いに藤山の表情が曇る。
何処か遠くを見る様な、虚ろな暗い目をした。
「帰りたい……帰りたいけど、きっと無理。あの場所に、ゆうちゃんや……父ちゃんには、もう……」
「……葵」
綾部が、手を伸ばし、藤山の片手を握る。
「絶対大丈夫だよ」
「……お前はさくらちゃんかよ」
藤山は苦笑を浮かべながら綾部の手を握り返した。
「……まあ、あの。基本的には自分の為に逢坂さんをなんとかかんとかしようって思ってるんですけど、今は、皆さんを助けたいって純粋に思ってたりもするんで、」
未だ、反応に困っている立花と潮江に藤山は泣き笑いの様な笑顔を向けた。
「良かったら、僕達に協力して頂ければ助かります」
そうして、ゆっくりと、二人に頭を下げるのだった。
「……敵と思うには、あいつは、」
潮江の声に立花は我に返って隣を見た。
潮江の横顔は思案深い、複雑な表情を浮かべている。
「あいつは……無垢すぎる」
探るようにして出された言葉に、立花はああ、と小さく声を溢した。
六年生を相手に渡り合えるほどの技量と戦闘力を持っているのに、藤山自身は酷くまっすぐ純粋で、それが、能力に合っておらず不安定で均衡に欠く。
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