理不尽に爛漫に/道理に叶って絢爛で

□あれはなにものか
1ページ/3ページ


「解せぬ事は一つある」

 死屍累々然とした宵闇で、少年達の首から木札を回収して回る、五年ろ組の鉢屋三郎は、そう誰にともなく呟いた。

 誰にともなく、とは言っても、この場で彼の声が届く相手は只一人、既に集め終わった書簡の内容を見比べる大層整った横顔のみだ。

「と、言いますと?」

 書簡から顔を外さず答えた四年い組の平滝夜叉丸に、鉢屋は、直ぐには答えず、木札を手で弄びながら辺りを見る。

「やり過ぎない様に気絶させること」とは意外と難しいものだ。
 と、自分達に難題を突きつけた、迫力の無いしかめっ面を思い出す、続いて、そのしかめっ面の持ち主と行動を共にする淡白な無表情を、

「綾部は何故、俺達に協力しているんだ」

「……はあ」

 平は少し呆けたものを顔に浮かべながら漸く鉢屋を見る。

「それは、学園の為に、」

「ああ、語弊があった。あいつは、なんで、藤山の味方をする。それが、」

 解せぬ、と鉢屋は平を見やるが、平は肩を軽く竦めたのみである。

「葵さんが、学園を救おうとしてくださるからでは?」

 何を当たり前の事を問う、と言いたげな平の表情に、鉢屋は苦笑を浮かべる。
 この後輩が存外に単純な性質であることを忘れていた。

 あれは、斯様な大義名分的なもので動く様な玉ではないだろう。
 現に今までもずっと穴の中に引き込もって傍観を決め込んでいたというのに、




 ……葵は僕が守ります。


 そう、鉢屋と尾浜に言い切った、決意を決めた様な表情。

 他人へ干渉することも干渉されることも好まない、好まない以前に興味の無いあの少年の、彼女、藤山葵に対しての、

 そう、あれはまるで、執着だ。


 その時、誰かが叫ぶ声が聞こえた気がして、鉢屋と平は同じ方角に目を向けた。
 距離は遠い、向かう必要も警戒する必要も無い。


「何を思ってんだろうな」

 鉢屋の小さな呟きが、闇に漂った。











 良く寝ている。

 と、潮江文次郎は、目の前ですよすよと無防備な寝息をたてる人物を見た。

 四年い組の綾部喜八郎の肩に凭れて眠る、藤山葵はこうして見ると、隣の綾部よりも幼く見えた。

 その綾部といえば、眠ってなどおらず、じとりと、その猫を思わせる眼で潮江を睨んだ。

「隈が葵に移るので、じろじろ見ないで下さい。」

「……移るか、バカタレ」

 潮江は疲れた様な溜め息を吐いた。
 喜八郎は右手で踏み鋤を、左手は、葵の右手をしっかりと握っている。
 その様子を眺めながら、潮江は綾部に、拭えぬ疑問をぶつける。

「何故お前は、そいつと一緒にいる」

 綾部は黒目を、きろ、と動かし、潮江を見やる。

「さあ、何ででしょう」

 読めない表情と、不遜な態度。
 潮江の眉間に皺が刻まれる。答える気は無いらしい。


「潮江先輩は幽霊を見たことありますか」

「は……?」

 脈略の無い発言である。話を逸らすつもりなのだろうか。

「僕は、あります」

 そうして、綾部は目を閉じた。

「喜八郎」

「………………」

 狸寝入りである。
 本当に、答える気は無い様だ。と、潮江は諦めて、それ以上は何も言わず、寄り添って眠る二人をただ、ぼんやりと眺めた。

「交代だ。文次郎」

 見張りから戻った、同級の立花仙蔵の白い手が、潮江の肩に置かれた。

「……兄弟の様だな」

 立花が、綾部と藤山を見て呟いたそれに、言い得て妙だと、潮江は黙って頷いた。


.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ