理不尽に爛漫に/道理に叶って絢爛で

□奇策と言えば聞こえは良い
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 女はばっと、暗闇に目をやる。

 その見開かれた目には、恐怖の色が見えた。

「随分と、手間が掛かるようだな。」

 暗闇の声に、女はごくりと喉を鳴らすが、直ぐにその動揺を隠すように唇を歪める。

「予想外の邪魔が入ったのです。でも、大丈夫です、必ず、」

 必ず、貴方の仰せのままに、

 と酷く掠れた女の声は、闇に吸い込まれるように消えた。

 闇からの気配が消えた後、女は細く息を吐く。
 自身の体を確かめるように、きつく、掻き抱く。

 暫くそうしていたが、やがて、女の口許に、華の様な笑みが浮かぶ。

 それが、男達に、どの様な効果をもたらすのか、女は良く理解していた。

 女もその場から立ち去った後、その全てを見ていたもうひとつの闇が、微かに蠢く。

「ふーん……」

 闇はそんな声を上げながら、片目を細めた。













 六年い組、潮江文次郎が目覚めたとき、最初に目に入ったのは、投げ出された自分の腕、次に散乱した小枝、その次に、自分の腕の下にある自分のものでない腕だった。

「っ!」

 ばっと起き上がる。

 ここは、いったい何処だ。
 霞の掛かったような記憶を辿る。





 ……そうだ。裏々々々山だ。合同・バトルロワイヤル・サバイバル・オリエンテーリングで、仙蔵と組んで、編入生の、

 潮江はぎっと地に仰向けに倒れている人物を見た。

 こいつを、藤山葵を倒そうと、



 でも、何故だ。



 何故、俺は、こいつを、憎んでいた?


 明瞭になった潮江の視界で見る、その編入生からは何の憎しみも怒りも湧かない。


 藤山葵は目を閉じて、その体をだらりと弛緩させて倒れている。



 ……まさか、こいつ。
 俺の下敷きになって、頭を打ったのか!?

 潮江は慌てて藤山の口許に片耳を近づける。
 微かな呼吸を感じた。気を失っているだけらしい。


 ああ、良かった。

 面白い程の安堵に潮江は深く息を吐く。

 からり、と藤山の首もとで、四枚の木札が音を立てた。

「…………。」

 潮江は、それに手を少し触れたが、瞬間、熱いものに触れたかの様にぱっと手を放す。

 気を失っている。しかも、年少の者から奪う等、正心に反する。


 それにしても、と、潮江はぼんやりと藤山の顔を見た。

 俺は本当に、なんで、こんな奴が憎かったんだろう。

 なんのへんてつもない、ひょろっとした体躯の少年にしか見えないこいつが、とてつもなく憎かったのは何故なんだ。


 その時、憑き物が落ちたかのような潮江の頭がずきりと鈍く傷んだ。

「…………逢坂、さくら…?」

 不意に自身の口からぽつりと出た言葉に潮江は肌が粟立つのを感じた。
 あの女が、急に学園にやってきた、未来から来たというあの女が、自分達に言った言葉を思い出した。

(藤山葵を追い出して)

 俺は、まさか、それに、従ったのか……。

 潮江の目線は自然と藤山の左肩に注がれる。
 血が滲んだそこを見た時、潮江の胸が激しく傷んだ。彼はぎりっと唇を噛み、拳を強く握る。

 何もかもが霞の中にあった様な心持ちだったが、自分が、この人物を傷つけたこと、そして、それが正しい行いでは無かったであろうことが、潮江の胸に深く突き刺さった。

「ちっ!!」

 舌打ちと共に、頭巾を取り外す。

「おい、しっかりしろよ」

 藤山の襟元を開き、肩の傷を顕にする。

 そこに、自身の頭巾を巻こうとした、潮江は、はた、と、その動きを止めた。

 服の上からでは気付かなかったが、こうして上衣を取れば、夜目にも分かる細い坐骨と、控えめな肩幅、浅い呼吸で上下する、胴衣を着けた胸の、有るか無しかの微かな膨らみ。


 これは、まるで、女の身体だ。


「う……」

 潮江の困惑を他所に、藤山葵は微かに目を開いた。

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