理不尽に爛漫に/道理に叶って絢爛で
□美少年と美少女はこの世の宝
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「綾部、喜八郎……」
私はぼんやり、部屋の戸口に立つ泥だらけの少年を見た。
綾部喜八郎……そうだ。おーいお茶だ、違うか、葉の茶だっけ、なんかお茶っぽい名前のカプ表記の奴だ。
服の上から懐にゆうちゃんノートが入っているのを確める。
ゆうちゃんが言う所の、強力な味方か、切り札となり得るべき人物。
まさか向こうから現れるとは思わなかった。
どうしようかと軽くテンパっていると、綾部君はずかずかと部屋に入ってくる。
っておいおい。その泥だらけの足で入りなさんな。
「おい!喜八郎、床が汚れるだろう!!」
ほら、三郎が怒った。
しかし、綾部少年は気にする様子もなく、ていうか華麗にスルーして私に近づいてくる。
「ん。え。な、なんすか……」
こ、こいつ瞬きしねえええ!!こええよ!!七松先輩とは違う意味で目力ぱねえっす。
「っおう!!?」
だ、抱き付かれましたけども!?
え、なんじゃこれ。何が起きてんの?何故に抱擁!?どこのメロスとセリヌンティウス!!?今の僕には理解できないよ、てか力強いぞ綾部氏意外とマッチョだな!!
綾部君にビッグハグされてしどもどしている私と、それをぽかんと見ている部屋の皆、三郎と目が合えば、はっと我に返った表情になった。
「何やってんだ喜八郎。藤山を離せ」
三郎が綾部君の肩を掴めば、嫌々とでもするように首を横にぶんぶん振って腕の力を強める。ぐえ。絞まる。
「ちょ、おま。苦しいって、」
「……あー。やっぱりだ。落ち着く」
「は?」
猫みたいに私の首筋に頭をぐりぐりと擦り付けながら綾部君はそう言った。
「最近、何処もかしこも嫌な匂いばっかりだったけど、編入生さんの周りは全然そんなこと無いね」
私に抱きついたままこてんと首を傾げる綾部君。
泥だらけだけど、睫毛が長くて目が大きくて眉の形が綺麗だ、つまりは美少年。
ゆうちゃん、どんぴしゃだわ。見た目だけなら私の好物だこいつ。
「編入生さん。名前なんだっけ?」
「……藤山葵」
「ふーん、葵かあ」
おいこら綾部。
私一応歳上だかんな?呼び捨てんな。根は体育会系の葵さんは礼儀には厳しいぞ?
綾部君はぎゅっともう一度私を抱き締めると、満足したかの様にうんうんと頷きながら離れる。
「じゃ、またね」
「……へ」
手をヒラヒラさせながら部屋を出ていった。
なんつーマイペース野郎だよ。何しに来たんだ。
あ、待て待て気になることがある。
「ちょい待ち綾部君」
廊下に飛び出て彼の背中に声を掛ける。
「…………」
おい止まれ。無視かこら。
スタスタ早足で歩く綾部君をあわてて追い掛ける。
「ちょっと、綾部君……綾部君、綾部くーん……綾部おい、こら…………っ喜八郎!!」
「何?葵」
漸くしれっとした顔で振り替える。
結構めんどくせえなこいつ。
「今、匂いっつったけど、」
「……おやまあ。気付かないの?」
喜八郎は少し眉を潜めた。
「あれが来てから、この学園のいろんなところが甘ったるい吐き気がする匂いでいっぱいなのに」
「……あんた」
「穴の中なら大分マシなんだ。後葵が来てからもマシになったかな。なんで、また掘らなきゃ」
「ちょっ、ちょい待ち!」
喜八郎の腕を掴んで止める。
「なあに?」
唇をちょっと尖らせる。
なんだその顔、可愛いなこんちくしょー。
「喜八郎、お前はあの女の術が知覚できているのか?」
「お、三郎」
追いかけて来たのか。
ちょっと、そんなに睨んでやるなよ。
「あのね、喜八郎。僕達に協力して欲しいんだ」
「…………」
喜八郎はじっと私を見ている。表情が読めない奴だ。
「話だけでも聞いてくれないかな?」
「……いいよ」
こくんと無表情のまま頷いた。
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