理不尽に爛漫に/道理に叶って絢爛で

□その心の行方を
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 食満先輩とのガチンコ勝負からのフルボッコの傷は二日経って漸く癒えてきた。
 だが、顔にはまだ湿布などを貼っているせいで見た目が痛々しいのか、会う人会う人に心配されるし、先生には暫く実技は休めと言われてしまった。

 三郎はあの日の夜から授業に来ない。
 殆ど部屋から出てこなくなってしまったのだ。
 出てきたとしても私の事を徹底的に避けている。尾浜君も三郎程ではないけれど、私とあまり話をしてくれなくなった。

 そして今日。
 事務の小松田さんが、授業終わりにやって来て、学園長先生がお呼びだよ、と言う。
 何を言われるかは何と無く予想がついていて、すぐ行きますと彼に答えた。


「学園長先生。ご用ですか?」

「うむ」

 学園長先生の離れに着くとその縁側に学園長先生が座っている。

「……爺ちゃんとは呼んでくれんのかの?」

 ちょっと拗ねた顔をする学園長先生に曖昧に笑いながら私もその横に腰掛けた。

「葵、二人の忍たまを正気に戻したおぬしの手腕、まったく見事である。先生方も葵に感謝しておったぞ」

「そうですか。お誉めに預り、有り難うございます」

 学園長先生の優しい言葉に気持ちがまったく動かない。
 冷めた様な声になった事にぎくりとした。

「ふむ。ところで、おぬしの世話役の鉢屋三郎じゃが、此度その任を外れることになった」

「……そうですか」

 ああ、そうなのか。
 自分の胸の内を探っても、あの夜から変わらず、鈍く冷たい。

「鉢屋が自ら、任を外れたいと望んだのじゃが、」

「私のせいです」

 学園長先生は私をちらっと横目に見て、再び庭に視線を戻す。
 昼下がりの小さな庭は慎ましく穏やかな景色に見えた。

「理由を聞いてもよいか」

「……私は、自分の為だけにこの学園を助けると決めました。三郎もそれは同じだったんです。利用されていようが利害が一致するなら私は構わなかった。その事が周りの人達の気持ちを害してしまったのです」

「…………」

「私がいなければ、彼等が歪み合うことなんてなかったのに」

「葵よ」

 学園長先生はこちらに向き直り私の目を真っ直ぐに見る。

「いなくなれば良いと、利用されておっても良いと言いながら、何故おぬしはその様に酷く傷ついた顔をするのじゃ」

「…………これはタイマンのせいですが」

 頬の大きな湿布を擦ると学園長先生は大きく溜息をついた。

「まだ人を茶化す気力は残っておるようじゃの。しかし、その様に物事を簿かそうとするのは感心せぬ」

「学園長先生、私もいくつか聞いても良いですか」

「長くなるかの、どれ、茶でも淹れるわい」

 学園長先生はよいしょと、腰を上げて、部屋の中に入っていった。

「私が淹れますよ?」

「よいよい。わしの好きな濃さがあるでの。おぬしもそれで良いか?」

「はい」

 暫くして、温かいお茶の入った湯飲みを渡される。

「さて、聞きたいこととは何かの?」

「あの時、食満先輩と闘った私が劣勢に立たされた時に、何故「待て」と仰られたのですか」

 学園長先生は私の問いにそっと目を伏せて、手の中の湯飲みを擦っている。


「………………おぬしが、あの時すらまだ闘う意思を無くしておらん様にわしには見えた。何かしらの好機の様なものが、おぬしは負けぬとそう感じた故じゃったが、わしの判断が結果的におぬしを深く傷付ける事になってしもうたな」

「いえ、身体はもう大丈夫です」

 見た目より私は元気である。
 しかし学園長先生は私をじっと見る。

「そうではない、ここ、じゃ」

皺が深く刻まれた腕ですっと胸を示す。

「本当にすまなかった。わしはおぬしの爺ちゃん失格じゃわい」

 苦笑いを浮かべる学園長先生に、私は何と答えれば良いか分からず視線を落とした。


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