理不尽に爛漫に/道理に叶って絢爛で

□見ないようにしていたもの
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「ご安心下さい。これは調整ではありませんから」

「当然でしょうよ」

 スーツ女はタブレットを脇に抱えて、寝転ぶ私を見下ろしている。

「肉体的、精神的消耗が激しいです。暫く休息を取ることを推奨します」

「分かってる」

 意識を手放している筈なのに身体が痛い。

「ねえ」

 スーツ女を見上げる。相変わらず顔は見えない。

「なんで私なの?」

 その問いに答えは返らず、また視界が黒く沈んでいった。












 聴力は最期まで残るって知ったのはあの時。

 最初に戻るって気づいたのは今だった。



 ああ、誰か泣いてる。

 薄暗い視界の中で、複数のすすり泣く声や嗚咽が聞こえた。

 瞼を開けるとぎしぎしと張り付くようだ。
 ぼやけた視界に映る光景に胸が痛む……いや、これは物理的に痛い。


「……そんなに、泣いたら、干からびるよ」

「葵さん!?」

「うわああああ!!よがっだでずううぅぅ!!」

「うええ!葵ざああん!!!」


 おーおー、元気だなあ。
 鼓膜がビリビリとするぐらいの声で泣き叫んでいるのは用具委員会の子達だった。ちょっ。しんべヱ君、鼻水は勘弁……。

 彼等の後ろには三年生達もいて、皆一様に真っ赤な目をぐすぐすさせていた。

 ああ、ごめん。こんなに泣かせてしまって。

「作兵衛君、食満先輩は?」

 私の問いに作兵衛君は複雑な顔をする。それは他の四人も同様だった。


「ここだ」

 部屋の入り口近くに彼が立っている。
 彼も私ほどではないが、満身創痍といったところか。
 身体を起こそうとしたら数馬君に押し止められた。

 食満先輩は静かに部屋に踏みいる。

 周りを囲む用具委員会の子達の緊張感が痛いほど伝わった。



 作兵衛君と四年生の男の子が私の前に周り、一年生達は私の布団や袖をぎゅっと掴む。
 その手は微かにカタカタと震えていた。

 無理もない、ガチンコバトルの上に後半は私はフルボッコだったもんな。
 三郎。あんたの作戦失敗だったんでない?恐がらせてどうすんだよ。

 食満先輩はそんな後輩達の様子を見て、足を止める。
 そのまま、距離を保ったまま、彼はその場に膝を付いた。そしてそのまま黙って頭を下げる。
 それから、じっと黙っている。部屋の中はシンと静まり返った。

 用具委員会の一年生達の目にまた涙が溢れだした。

「…………すまん」


 頭を下げながら食満先輩は絞り出す様な声で呟く。

「……どう言うべきなのか、言葉が出てこんのだ」

「……」

「すまん……!!」


 私は一番近くにいる白い顔をした一年生の子の頭を撫でながら思う。
 自分がどんな心情でも、こういう時に何をすべきかは分かってしまうんだな、と。小さく溜息を着く。
 彼等に今必要な言葉は、多分、私しか持っていない。

「葵さん!まだ起き上がっては、」

「く……」

 身体がバラバラになりそうだったが、なんとか半身を起こす。
 うん、まだ笑える。


「ね、君達。食満先輩の事、怖くなっちゃった?」

 一年生達が戸惑った様な表情で私を見上げる。

「少し、だけ。怖いです。」

 白い顔の男の子が消え入りそうな顔で言う。
 食満先輩の肩が微かに震えた。

「じゃあ、嫌いになっちゃった?」

 一年生の子達はブンブンと首を横に振った。

「君は?」

 四年生の男の子も勢い良く首を横に振る。

「作兵衛君、」

 作兵衛君は泣きそうな顔で唇を噛んだ。

「……嫌いになんて、なる筈ねえです」

「だよね。食満先輩の良いところ、君達はいっぱい知っているんでしょ?だから戻ってきて欲しいって思ったんでしょ」

 一年生の子達は今度も一斉に頷いた。

「食満先輩ってとっても優しいんです!」

「手先も器用でいらして、色んな事を僕達に教えてくれます!」

「怒るとちょっと怖いけど、さっきもびっくりしちゃったけど、」

 嫌いになんてなりません!!!

 綺麗に揃った声に顔が綻ぶ。

「聞きました?食満先輩」

「……」

 彼はまだ顔を上げない、その背中に迷いが見えた。


「あ、そうそう。さっきの闘いで勝った時の食満先輩、なんて言ってたと思う?」

 用具委員会の子達がじっと私を見る。

「ここで負けたら用具委員会の可愛い後輩達に会わせる顔がない、だって」

 皆の目が大きく見開いた。
 私はそんな彼等に小さく囁く。

「食満先輩も皆の事、大好きなんだよ」



「……うわああああん!食満ぜんぱああああい!!」

「おがえりなしゃあああ!」

 一年生達が一斉に食満先輩に抱き着きに行く。

「ぐはっ!!」

 しんべヱ君、踏んでかないで!?

「ぐすっ。お、お前ら!食満先輩もお怪我をなされてるんだから無闇に抱きつくなよお!!」

 一年生達に注意点する作兵衛君も顔がグシャグシャだ。

「いや、良い」

 一年生達を抱き止めた食満先輩は穏やかにそう言った。

「良いんだ。作兵衛、ありがとう」

「……うっ、ぐ、え。うわあああああ…!!」

 作兵衛君は堪えきれなくなった様に崩れ落ちながら泣き出した。

「……作兵衛があんなに泣くの始めて見た」

「うぅ……よがったな!しゃくべえ!!」

 迷子二人組、左門君もグシャグシャだ、三之助君も赤い目をしていた。

「浜にも苦労をかけたな」

「いえっ!良くお戻り下さいました!!!」

 浜と呼ばれた四年生の子は作兵衛君の背中をさすりながらニカッと笑う。
 その目にはやはり光るものがあった。


 用具委員会達の様子を見て、少しほっとした。
 ハイリスクな作戦だったけれど、結果オーライだ、うん。

「はあ、めでたし、めでったあだだだだ!?」

 身体をちょっとひねったら物凄い激痛が走る。

「わわわ!葵さん、ゆっくり動かなきゃ駄目ですよ!!」

 数馬君が悶絶する私を慌てて寝かす。

「だっ大丈夫か藤山っ!!それ俺だよな!?俺のせいだよな!?」

 食満先輩まであわあわと近付いてきた。

「そうに決まってんでしょっ……てぇ〜……うぅ」

 意識がはっきりしたせいで痛みを自覚しだしたみたいだ。

「うわあああああ!すまない藤山!!痛かっただろ!?」

「あ、頭に響くので、もう少し静かに願えますか……?」

「おう!!皆!静かにな!!」

「「「は〜い!!」」」

 いや一番煩いのあなただから。
 こういうキャラだったのかこの人。
 もっとこう、番長的な硬派な人だと思ってたのに騙された。

「食満先輩ってギャップ激しいっすね」

「ぎゃっぷ?」

「食事の後に出るのは?」

「それはげっぷ……」

「しんべヱ、なかなか面白い冗談じゃないか〜!!」

 食満先輩、にこにこしながらしんべヱ君を撫でる。
 ああ、分かった。
 ギャップじゃなくてこれが素なんだなこの人。


「しかし、藤山。お前の蹴りも結構効いたぞ。良い動きをするじゃないか。お前も中々の武闘派だ」

「ありがとうございます。新武闘派の名は奪えませんでしたがね」

「体育委員会にやるのは惜しいな…小平太め、なかなか抜け目ない……」

 食満先輩はぶつぶつと何事か呟き、やがてよし!と手を打ち、




「藤山!!今ならまだ間に合う!用具委員会に、」

「葵はやらんぞ留三郎!!!」

「ゴハッ!!」


 七松先輩がバレーボールと共にログインしました。
 怪我人に容赦なくアタックぶつけるとかほんと……七松パイセンマジぱねえっす。

「保健室で暴れるなと何度言えば……!」

「わー!数馬!!落ち着けえ!」

 数馬君の怒気もぱねえっす。

「大丈夫だ、今日は暴れん。葵の様子を見に来ただけだ」

 七松先輩はくるっとこちらを見る。

「ボロボロだな!」

「お陰様で」

 ヘラヘラと笑うと、七松先輩はぎゅっと険しく眉を寄せた。
 でもそれは一瞬の事で、ぱっと背を向けて部屋を出ていく。

「よく休めよ」

「はい」

 そのままダダダダダと廊下を走り去っていった。

「何しに来たんだあの人は」

「お見舞い、ですかね?」

 唐突に来て唐突に去っていったな……。

「さあ、皆さん!七松先輩の仰るとおり、葵さんには良く休んで貰いますから、」

 出た出たと、数馬君が部屋のメンバーを追い出しにかかった。

「葵さん、早く復活して、体育委員会でバレーしましょうね。」

「お、おう。了解、三之助」

「また様子を見に来るからな」

 食満先輩、もう復活してますがな。
 前から思ってたがここの奴らって皆タフだ。

「葵さん、お大事に〜」

 皆、ばらばらと部屋を出ていった。

「今更だけど数馬君、この部屋って、」

「ええ、学園の保健室です。だから遠慮なく身体を休めて下さいね」

 そう数馬君は優しく笑いながら衝立の向こうへ消えた。

 私は暫くぼんやりと天井を眺めていたが、やがてうとうととしだし、意識を手放した。

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