咄、彼女について

□赤色の
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「まあ、守一郎。この話には続きがある」

 食満先輩は、釈然としていない俺を他所に、食堂の一席に声を掛けた。

 昼時のざわついた食堂でも、食満先輩の声は良く通る。


「おい、小平太」

「んー?」

 此方に向く、ぐりんとした目。
 体育委員会委員長で六年ろ組の七松先輩は、食満先輩の手招きに、箸を置いて此方にやって来た。


「なんだ?」

「お前、一年の頃の、あの手紙の奴、覚えてるか?」

「……手紙ぃ?」

 七松先輩は思案する様に天井を仰いでいたけれど、やがて、ああ、と呟いて俺達に視線を戻した。









「だから、留三郎。あれは手紙じゃあ無かったぞ」

「え?」

 唐突な語り出しに、きょとんとする俺。
 食満先輩の大きくて長い溜め息。

「手紙だった筈だ。俺には、手紙に見えていた」

「あの、いったい……?」

 俺は、食満先輩と七松先輩を見比べた、七松先輩と目が合う。



 七松先輩は、何を考えているのか分かり辛い無表情で、俺の前に置かれたあの小さな箱をぞんざいな仕草で指差した。









「こんな色だった」







 朱塗りの、只の、朱塗りの箱だ。
 ……少し赤過ぎるが、そう、赤い、真っ赤だ。

 黒くさえ見えるぐらいに。
 触れば指が染まりそうなくらい、に。





「鏡子が触ったら普通になったけどな。後、お前さあ、あの時来た方向、金楽寺の方角と全く違ってたぞ?」

「それも何度も言うが、確かに俺は、あの日、金楽寺に御使いに出ていた」

「そうだっけ?」

「ああ、そうだ。」

 先輩達二人のやり取りする声は酷く気楽で、世間話みたいで、俺の腕は粟立ったままだった。


「まあ、あいつと関わったらこの程度の妙な話は幾らでも出てくる」

 そう食満先輩は手を伸ばして、小さな箱を掴んだ、


 カタリ、と、微かな音。


「……中身、入ってるんです、か。」

 俺の声は妙に掠れて、遠く聞こえる。

 食満先輩が、じっ、と俺を見た。


「……見たいか?」


 俺がぶんぶんと首を横に振れば、ふっと笑って、それは懐に静かに仕舞われる。



「鏡子は変な奴って事だ」

「まあ、違いないな」


 俺の耳にざわめきが戻ってきた。

 もしかしたら、俺はからかわれただけかもしれない。そう思いながら、のろのろと啜る椀は既に温くなっていた。






 ただ、作り話だとしても。

 俺には、鏡子先輩よりも、そんな良く分からない箱を平然と、寧ろ大切そうに持ち歩いていて、







「おい、鏡子。あの箱が昨日無くなっちまったぞ」


「知るか。私に聞くんじゃないよ」


 そして、その数日後に、今俺の目の前で、そう避難がましく鏡子先輩に文句を言っている食満先輩の方が、よっぽど怖いと思ったのだった。



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