理不尽に爛漫に/道理に叶って絢爛で

□お客って大概ややこしいときに来る
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「北石先生。お久しぶりです!」
「ええ、こんにちはアヤカちゃん、ミカちゃん、ソウコちゃん」

 利吉とはぐれてからも、幸いにも直ぐに学園に着く事ができた。先ずは当初の目的を果たそうと、くノ一教室の学舎に足を踏み入れれば、ちょうど井戸で洗濯中のくのたま三人と会ったのだった。

――先程の七松くんといい、教育実習生を辞めて久しいのに、まだ『先生』と呼んでくれるのね――
 と、照代は少し気恥ずかしい気分で三人に笑みを返す。

「本日はどうされたんですか?」
「山本シナ先生から、お呼び出しを頂いたの」
「あらっ、もしかしてプロのくノ一の仕事の依頼ですか?」
「凄い。格好いいわぁ!」
「良いなぁ。私も早く一人前になってバリバリ任務をこなしたいです」
「まだそうとは決まってないわよ」

 キャイキャイと盛り上がる少女達を、苦笑であしらう照代だが、内心、格好いいと言われて悪い気はしない。仕事も最近は地味なものが多かったし、此処等でひとつ大きな仕事を貰うのも良いかもしれない。と、そんなことを考えれば、知らず顔が緩んでくる。

「そうそう、プロと言えば、さっき利吉さんも来られたんですよ」
「来たって、此処に?」
「ええ、くのたま学舎に。当然、山本シナ先生に門前払いされちゃったんですけどね」

 くのたま学舎の男子禁制は鉄の掟だ。例外があるとすれば、学園長先生のみ。後は有事の際に救護所として解放する場合ぐらいである。学園の事情に明るい利吉が知らない筈も無いだろうに。これはやはり何かあるな。と、照代は思う。

「やっぱりあのことよね?」
「まあ、そうじゃない? きっと耳に入ったか、もしくは遭遇しちゃったとか」
「あっちゃあ……鉢屋先輩は利吉さんの訪問をご存知なの?」
「さあ……? でも場合に寄ったら荒れるかもねぇ」
「山から帰って来なくなりそう……」

 くのたま三人はそう眉根を寄せながら、しかし何処か少し楽しげにそんな話を交わしている。

「……ねぇ、あのことってなんなの? なんでそこで鉢屋くんが出てくるの?」

 仮にもくノ一が、くのたまとはいえ年端もいかない少女の他愛ない噂話に興味津々になるのもはしたないが、これで何も聞くなというのは無理な話だろう。三人を見渡せば、銘々なんとも言えない表情で顔を見合わせる。

「どうする?」
「まあ、話して利がある訳じゃないけど、問題もあるわけじゃないし……良いんじゃない?」

 そう冷静な素振りを見せても、やはり何処か少し楽しげに、三人はちょいちょいと照代を手招きする。照代も手招きされるままに三人に顔を近づけた。

「実はですね……利吉さ」
「照代さん」
「「「ひゃっ!?」」」

 急に立ち現れた気配と、名を呼ぶのは耳に涼やかな声。くのたま三人は小さな叫び声をあげながら文字通り、軽く飛び上がった。照代は叫びも飛び上がりもしなかったこそすれ、跳ね上がった心臓を宥めるように無意識に胸を押さえながら振り返る。
 そこには名を呼ぶ声の主が、くノ一教室の教師、山本シナが、立葵の様に華やかで優美な妙齢の乙女の姿でそこで立っていたのであった。

「照代さん、お久しぶりね。お元気そうで何よりだわ」
「え、ええ……シナ先生もお変わり無く」
「お陰様で。せっかく早く来てくださったのだから、早速お話を致しましょう。さ、此方へどうぞ」

 鮮やかな紅の渡る唇が、見惚れる程に完璧に美しく弧を描き、その名残を残しながらシナは踵を返す。相も変わらず凛としながらも穏やかで麗しい。しかし、何やら腹の底が冷える気分になるのは、照代の視界の端に映る三人が、あからさまに緊迫した怯えた空気を醸し出しているせいかもしれない。

「ああ、そうそう。アヤカさん、ミカさん、ソウコさん」
「「「は、はいっ!!」」」

 シナがくるりと此方へ見返れば、三人は揃ってびくりと肩を震わせた。

「噂話はともすればくノ一の武器になりますが、だからこそ、お口の戸を軽々しく開けてはいけませんよ。慎みを持ちなさい」

 一瞬、柔らかく聞こえはするが、言葉尻はぴりりと照代の背までも伸ばさせる様に鋭く響いた。
 三人は悄々となりながら、銘々「はい、シナ先生」と、返事をする。シナは小さく頷いて踵を返す。

「照代さん、行きましょうか」
「はい……」

 しゃんと伸びた背に照代は少しの緊張と共に着いていく。
 程なくして、シナの部屋に通され、楽にして良いと言われて腰を下ろす。

「照代さんもお忙しいでしょうに、態々来てくださって、ありがとうね」
「いいえ。シナ先生のお呼びとあれば、何時でも駆けつけますよ! で、私に直々に頼みとは?」

 暇という訳でも無いが、特別忙しいという訳でもない。それに先輩くノ一として尊敬しているシナの頼みならば、快く引き受けたいと照代は思っている。まあ、あわよくばそれが、自分の忍としての活躍に繋がったり、金になる仕事ならば良いなとも思っているのだが。
 そんな気持ちで、つい前のめりに力強く答えた照代にシナは「頼もしいこと」と花笑みを返す。

「もし、照代さんさえ宜しければ、うちの子をあなたの仕事に同行させて、実習をさせて欲しいのよ」
「うちの子……くのたまの生徒ですか?」
「ええ、そうね……くのたまでも、あるわね」

 シナにしては珍しく歯切れの悪い返答をした。それを怪訝に思っていれば、目の前の花笑みが微かに苦笑めいたものに変わる。

「うちでは、一番の問題児なの。本当は上級生のカグさんハツメさんにお任せしようかと思ったのだけれど、あの二人は別件で学外に出てもらっているし……照代さんが適役だと思ったのよ」
「も、問題児、ですか……?」

 個性が強く癖のある生徒が多い忍術学園において、『一番の問題児』とは……。照代の顔が、知らずひきつる。

「一応、教育実習の経験はありますけど、私に勤まるんでしょうか」
「特に何かを教えて欲しいわけじゃないの。ただ一緒に仕事をしてくれたら、それできっとあの子は勝手に学びとるから」
「は、はあ……」
「とはいえ、これはまだ私が勝手に決めてること。あの子の意図するところに合うのかどうかはまだ少し分からないわ。どのみち照代さんに仕事は紹介致しますので安心してくださいね」
「はい、それはありがたいですが……で、その生徒さんは今どちらに?」
「そうね。そろそろ来るかとは思うけれど」

 シナがふっと廊下の方へ目を配る。それが合図かの様に、開かれた障子から、くノ一教室のトモミが顔を覗かせた。

「シナ先生、お連れしました」
「ありがとうトモミさん……あらあら、まあまあ、葵さんったら」

 その名は、先程聞いた気がする。確か、そう、利吉が山中で何事か怒鳴った時に……。そう思い、顔を廊下に向ければ、ちょうど、トモミの後から部屋の戸口に一人の生徒が佇んでいた。
 その生徒を見て、照代は思わず「あっ」と声を上げてしまう。

「さっきの……」

 全身泥だらけ、髪はボサボサに振り乱され、腕や胴など所々に血が滲んでいる。三、四年生かと思っていたが、明るい場所で良く見れば、それは辛うじて桔梗色……五年生の忍たまの制服だった。
 彼、ではなく、彼女、なのだろうその生徒は照代の顔とシナの顔を見比べ、軽く髪に手櫛を通す。バラバラと土や細かな石や小枝が廊下に落ちて、「うわわ」と小さく呟きながら少し後ずさった。

「えっと、あの……まず身を清めてきます」

 喋り出せば、それはやはり少女の声だ。

「ええ、そうしてください」

 シナが笑顔でそう答えれば、少女はすごすごといった風情で踵を返し廊下を歩き出す

「あとで廊下の掃除もお願いしますね」
「は、はい……」

 バラバラと細かな音を時折立てながら、少女が去っていった。

「い、今のが……?」
「ええ、そうです」

 呆気に取られている照代に、シナがくすくすと笑う。

「五年ろ組、体育委員会在籍にしてくノ一教室上級生。藤山葵さん。彼女が、うちの一番の問題児です」

 シナは、今度ははっきりと苦笑を浮かべ、未だ呆けている照代に答えるのだった。

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