理不尽に爛漫に/道理に叶って絢爛で

□まさに曲者
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「……雑渡さんには、この間のお祭りで町に降りた時に、助けていただいてね」

 伏木蔵君には一先ず、そう答えておく。嘘でもないが、全てを語る訳でもない。伏木蔵君は「ふぅん」と首を傾げながら、納得しているのかしてないのか微妙な表情だった。

「あれから、利吉君とやり取りはしてる?」

 雑渡さんがにやにやと笑いながら言った。
 この人は。と、不敬ながら顔がひきつるのは止められなかった。何故か、善法寺先輩もにやついていたり、隣の三郎からの視線の刺が痛いことも含めて。

「さあ、あの人も忙しい方ですから。便りが無いのが良い便りとも言いますしね」
「葵さんと利吉さんはどういう御関係なんですかぁ?」
「私も気になります!」

 伏木蔵君に続いて、乱太郎君までその輝く真っ直ぐな瞳は止めてくれ!葵さんの精神力がごりごり削られてくから!

「えっと……私の、」
「こいつの師匠である竜王丸先生は学園長先生の古いお知り合いだろ。山田先生が後学の為に息子の利吉さんを竜王丸先生の所へ向かわした時に知り合った……だったよな」
「あ、うん。そーです」

 三郎が私の言葉を奪い去ってぺらぺらと淀みなく二人に説明した。
 なんだか更に顔がひきつるのは何故だろうか。善法寺先輩がまた密かに噴き出した。
 出だしからかなり疲れるなあ。と、思わず込み上げる溜め息をそっと吐いてから、私は左近君の隣に座っている萌黄の制服の子を見た。この子は、うん、覚えてる。
 
「えっ?僕の事見えるんですか?」
「うん?」

 三反田数馬君は、物凄く驚いた顔で私を見ながらいきなりすっとんきょうな事を言い出した。今度は三郎が噴き出すのが目の端に映る。

「い、いや、違うんです。僕、存在感が薄いと良く言われてるので……ああ、えと、三反田数馬です」
「な、成る程ね」

 そうか。『前回』はがっつりと関わっていたから存在感の薄さなんて感じなかったけど、他の個性溢れる学園生徒の中では奥ゆかしい方という事なのかもしれない。

「まあ、存在感が薄いってのは、忍者としては強みじゃないかな」

 丁寧に頭を下げた数馬君にそう言えば、ぱっと明るい表情を此方に向けてきた。

「それ!利吉さんも言って下さったんです!」
「へぇ……私はともかく、利吉さんが言ったなら確かな事だと思うよ」

 数馬君は嬉しそうに頬を赤くしている。何だかんだで、皆の憧れなんだよな、利吉さんは。

 然し、利吉さんかぁ……。
 雑渡さんに答えた通りに、あれから便りも訪問も無い。カエンタケについても縁切り寺と遊女の関係についてもまだ不明瞭な点が多い。情報は、確かに欲しいとは思うけど……。
 今は、何よりも危険な目に会わないで元気でいてくれたらという気持ちが強い。
 思えば、村にいた時はしょっちゅう会ってたから、こんなに顔を会わせていないのは初めてな気もした。
 あの人はプロで、腕も立ち、心構えだってある人だと分かってはいるけど。

「……なんで私を見るの?」
「いや、別に」

 いい加減に視線が痛くて隣を見れば、三郎は僅かに目を泳がして、さっきの私みたいな返しをしてからむすっと不貞腐れてしまった。
 やれやれと前を見れば、雑渡さんも、善法寺先輩もにやっと笑いかけてかけてきて、私は今度ははっきりと溜め息を吐くのだった。

「……さて、私はそろそろお暇しようかな」

 雑渡さんが、徐にそう立ち上がろうとした。だが、膝を立てて腰を浮かした途端、軽くよろめく。
 直ぐ目の前だったこともあり、私は思わず手を伸ばし雑渡さんの腕を掴み支えていた。忍び装束に隠されて分からなかったが、触れば恐ろしく堅く、鍛え上げられたそれにぎくりとする。

「おっと、悪いね」
「……い、え」

 雑渡さんは、腕に添えられている私の手に、もう片方の手を伸ばして軽く指先を掴んできた。
 私は、小さく息を詰める。

「良い手をしている」
「どう、もっ!?」

 突然ぐいっと後ろに体を引かれた。どさりと背中がぶつかったのは三郎の胸元。
 首を巡らせれば、三郎の表情はまたも固く強ばっている。
 雑渡さんは私と、私を抱き寄せている三郎を見てくつくつと喉の奥を震わす様な笑い声を立てて「またね」と一言、ふらりと保健室を出ていった。

「じゃあ、僕達もそろそろ休憩を終わりにして活動を再開しようか」

 この状況でそんな明るい声を上げれる善法寺先輩は凄いと思う。
 三郎から離れて善法寺先輩を見れば声に違わぬ明るい表情で、でもその直ぐ側の左近君や数馬君はひきつった苦笑を浮かべていた。うん、なんか、ごめんよ……。

「三郎。大丈夫だから、怖い顔は止めて」

 三郎はぐっと顔をしかめたまま、私の額をぺしりと叩く。

「適当な事を言うな」
「ごもっとも」

 此方を見下ろす、気遣わしげな優しい目に、申し訳無い気分になる。

「だけど、適当でも何でも、大丈夫って言える内はまだマシでしょ」

 笑っておいた。
 三郎は笑わなかった。

 三郎の意外に広い背中を軽く叩きながら、私は然り気無く、先程雑渡さんから受け取った何かを、袂に落としておくのだった。

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