理不尽に爛漫に/道理に叶って絢爛で
□禍福はなんちゃらがほにゃらら
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「知っての通り、保健委員会は生徒達の健康と薬種の管理を担う委員会だよ。学園にとって欠かすことのできない委員会の一つでもある……まあ、不運委員会の呼び名のが印象に強いかもしれないね」
道中、善法寺先輩が委員会について此方を振り向きながら説明してくださっているのだが、ただでさえ大荷物なのだから前を向いて歩かれた方が良いと思う。
私は先輩が抱えている物干し竿に手を伸ばした。
「あの、そちらお持ちします」
「ああ。有難う助かるよ」
「籠は私が持ちますよ。またぶちまけられたら大変ですし」
「うん。すまないね」
三郎が籠を、私が物干し竿を持ったその瞬間だった。
「うひゃっ!?」
「先輩!?」
いきなり後ろ向きに倒れた善法寺先輩。ちょっ、何があった。
「あっ、二人とも。そこ、蝋が落ちてるみたいだから気を付けて」
「えっ、蝋……?」
倒れた善法寺先輩がけろっと起き上がり指差した床は確かにツヤッとした所がある。
「なんでこんな所に……」
「大方、夜の見回りで小松田さんあたりが溢しちゃったんじゃないかな。ま、良くあることだよ」
善法寺先輩はそう何事もなかったかの様に立ち上がって歩き出すのだった。
さ、流石と言うのか何と言うのか……。
三郎が小さく笑うのが聞こえる。失礼だぞおい。と、私はその脇腹を肘で小突くのだった。
さて、保健委員会の活動場所は、当然ながら保健室だ。
廊下の向こうにその看板が見える頃には、あの独特の薬っぽい匂いがしてきた。
ただ、今日は少し匂いが強い気がする。誰か薬を煎じているのだろうか。
「…………ん。これは、捻挫の薬だな……誰か怪我でもしたか」
すんとそれを嗅いだ善法寺先輩は徐に真剣な表情となり、足早に保健室の戸へと向かい、手を掛けた。
その時だった。
ふと、後を追う私達の足元を何かが勢い良くすり抜けた。
って、ちょっと!
「善法寺先輩!」
「先輩、待って!!」
「君達誰か急患で」
「フギャアアアアッ!」
「オアアアアアッ!」
「うわあっ!?」
「きゃああっ!?」
「うひょおおおっ!!」
……えっと、はい。
私と三郎の足元をすり抜けていったのは、鼠、と、三匹の元気な子猫。ハチが餌を上げている小梅一家のところの銀介、蓬、豆介です。
丸々太った鼠を追いかけて、三匹は鉄砲玉の様に保健室へと突撃。子猫の雄叫びと保健室にいるのだろう何人かの叫び声とドンガラガッシャンと何かが引っくり返る音が辺りに響き渡りました。現場からは以上です。
「わあっ!皆、大丈ぶへっ!!」
善法寺先輩、敷居に足を引っかけて部屋へと飛び込み、いや、転がり込み、再び上がる盛大な物音と叫び声。
なんだこの地獄絵図。
予想外すぎる……いや、不運委員会に対する予想はあったけれどその予想以上の事態に、私と三郎は廊下に立ち尽くしてしまっている。
「ど、どうしよう三郎……」
「どうするも、何も……行くより他に無いだろう」
見合わせた三郎の顔は盛大に引き釣っている。それは恐らく私もだ。
確かに、行くより他は無い。
私達は意を決して、先程よりは静かになった、然し、しっかりと地獄絵図なんだろう保健室の入り口へと向かうのだった。
「せ、先輩、皆さん。大丈夫です…………か」
恐る恐る、覗いてみた保健室の状態。
そこには、予想通りが殆どと、予想外が一つあった。
床には薬や薬草が散乱。
鍋がひっくり返り、倒れた火鉢。
火を消そうとしたんだろう。火鉢の周りの床はびしゃびしゃに濡れて、その横で引っくり返っている善法寺先輩と萌黄の制服の男の子もびしょびしょに濡れている。
引き出しが開きまくっている薬棚を押さえているのは二年生の男の子だ。掌からばらばらと薬が零れて「あ、あ、ああ……」と嘆きの声を上げている。
「ああ!だめだめ!これは食べちゃ駄目だよ!!」
「ひゃああ……スリルウゥ〜……」
と、子猫達を追い回しながら床に散らばった薬や薬草を拾いまくっている乱太郎君ともう一人一年生の男の子。ただ如何せん、量が多過ぎて拾う端から腕の隙間をまた溢れていってしまっている。
そして、大惨事の部屋の片隅でゆったりと腰を下ろしている予想外の人物。
「やあ、鉢屋三郎君。藤山葵ちゃん。こんにちは」
此方に隻眼を向けたその人。
黄昏時忍軍忍組頭、雑渡昆奈門。
その手に何かを握っている。
「まあ、散らかってるけどお入りなさいよ」
まるで部屋の主でもあるかの様な事を宣う、その手にあるのは、棒手裏剣。
床に突き立てられたそれに、縫い止められているのは、鼠の脳天。
三郎が、僅かに前に出た。
「ああ、ちょっと雑渡さん……」
その時、起き上がった善法寺先輩が、事も無げにその手から鼠の死骸と棒手裏剣を奪い取る。
「鼠は病気を媒介する事もあるんですから、保健室で殺すのは止めてくださいよ……あ、ごめんね二人とも。取り合えず片付けるから待っててくれるかな」
そう言って、さっさと鼠の死骸を外へと捨てに行く善法寺先輩。
何というか、凄い人だなと、引き釣るものを覚えながら雑渡さんに目を戻す。
此方を見詰める隻眼がすうっと細くなり、私の背筋をぞわりと何かが過る。
それでも、行くより他には無い。
そうもう一度、胸の内で呟きながら、三郎に続いて保健室の中へと足を踏み入れるのだった。
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