理不尽に爛漫に/道理に叶って絢爛で

□禍福はなんちゃらがほにゃらら
2ページ/3ページ


 落とし穴は言わずもがな、天才トラパー喜八郎の作品だろう。
 辺りに軽く目を配ったが罠の目印らしきものは見当たらない。大方、まだ置かれる前だったのか、それとも風で飛ばされたか。どちらにしても、

「相も変わらずですね。善法寺先輩」

 善法寺先輩を穴から引き上げる三郎の、皮肉たっぷりの物言いにも、先輩は「いやぁ、悪いね」と軽やかな苦笑を浮かべるだけ。
 食満先輩といい、この人といい、六年は組の先輩方はどちらも穏やかで良い方だ。
 さて、じゃあ私は散乱してしまってる色々を拾おうかな。

「っておい!触るなっ!!」
「うわぁっ!!?」
「ぅえっ!?」

 散らばった下帯を拾おうとしたら、三郎がいきなり怒鳴ったもんだ。文字通り飛び上がって振り返れば赤い顔で此方を睨む三郎と、善法寺先輩は、いない。

「三郎っ、なに手ぇ離してんの!?」

 慌てて駆け寄って穴を覗けば先輩は中で引っくり返ってる。

「ちょっ!先輩大丈夫ですか!?すみませんうちの馬鹿がべふっ!」

 後頭部にそれなりの衝撃。
 おい、なんで今叩かれた私。
 振り向いて睨めども、三郎は既にそっぽを向いて下帯を広い集めている。

「此方は私がやっとくから、葵はさっさと先輩を引き上げろ」
「いや、なんでそう偉そうなのあんたは……」

 訳が分からんと思いつつ、言われるままに善法寺先輩に手を伸ばす。
「いやぁ、悪いね」とさっきと変わらぬ笑顔と反応の先輩。本当に良い方だ。そして逞しい。

「すみません、三郎の奴が」
「いやいや、無理もないから」

 引き上げると言っても、殆ど自分の力で這い上がられた善法寺先輩は、私が差し出した手拭いで顔を拭きながらにこにこと、いや、にやにやと……?三郎と私を面白そうに見比べている。

「女の子に、ましてや藤山さんに何処のどいつらのとも知れない下帯を拾わす訳にはいかないよね、鉢屋」

 三郎は舌打ち一つでそれに答えた。

「え……あ、あー……」

 つい微妙な唸り声が出る。
 成る程、そ、そういうことか、うん。

「あー……でもほら、洗って干した後みたいだし、その後包帯にされるんでしょうそれは、ね、うん。誰でも身に付けてるもんだから下帯に罪は無い、でしょ」

 駄目だ。気まずさかなんなのか訳分からん事言ってるぞ私は。
 三郎の目付きがどんどん悪くなってるじゃないか。

「んだよ。下帯に罪は無いつぅのは」
「いやそれは…………自分でも分かりません」

 ぶふっ。と、噴き出す声。
 目の端で善法寺先輩が口許を押さえて震えているのが見える。
 三郎は深い深い溜め息を吐いた。

「ご、ごめん……?」
「分かってない癖に謝るな」
「ああ、もう鉢屋、それぐらいにしてあげなよ」

 善法寺先輩が笑いながら私達の間に入ってくれた。
 三郎から籠を受け取り、ぽんと、その肩を宥めるように叩いた。それから、今度は私の額をぴんと指で叩く。

「もう少し、自覚を持つんだよ藤山さん」
「……はあ」

 善法寺先輩の笑顔が苦笑に変わる。

「成る程、鉢屋も苦労するね」
「……分かった上での事ですから」

 先輩は三郎の答えに小さく肩を竦めるのだった。
 三郎は、限りなく無表情だが、少しだけ笑っている様にも見えた。

「……で、二人が一緒にいるって事は今日も委員会の見学なのかな」
「あ、はい。今日は保健委員会に行かせて頂こうかと」

 ぱっと切り替える様な先輩の明るい声で、その場に流れていた微妙な気まずさは薄れていった。

「そうなんだ。じゃあ、ちょうど良かった訳だね。一緒に保健室に行こう」

 先輩はそう言って歩き出す。私と三郎はその後に続くのだった。
 私は隣の三郎の顔をそっと見上げる。直ぐに目は此方を見下ろしてきた。
 三郎は、口許にゆっくりと笑みを浮かべる。
 珍しくも困っているような雰囲気のそれに、どう反応を返していいのか分からなかった。

「ばーか」

 と、そんな困ったような笑顔で、口汚い事を、柔らかい声で私に言うのだ。
 なんだかとっても、ちぐはぐじゃないか、三郎。

「うん」

 結局、意味も無いような返しをした私は、手を伸ばして、ぽんぽんと三郎の背中を叩く。
 思った以上に、いや、今更だけど、
 広いなぁ。
 なんて事を思うのだった。


.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ