理不尽に爛漫に/道理に叶って絢爛で

□後に白くて四角いあれが待つ
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 学園の裏門を飛び越えれば、そこに立っていた人に少し驚く。

「わぁ。本当に此処から帰って来たぁ」
「タカ丸さん……」

 四年は組、カリスマ髪結いの息子にしてくノ一教室人気トップ。後輩ながら歳は六年生と同じ。

「こんにちは、葵ちゃん。授業お疲れ様」
「あ、はい。どうも」

 中々に濃いプロフィールと、家が客商売であるからかの人当たりの異常な良さ。あっという間に相手と距離を詰める所は勘ちゃんに通じる所はあるけれど、この人のは、より柔らかい感じでそこに天然のものもある感じで……うん、つまりは少し苦手、なのかもしれない。

「何か御用でしょうか」
「うん、葵ちゃんのお迎えに来たんだよ」
「お迎え……?」
「俺、火薬委員だから」

 ああ、なるほど……。
 一瞬何処かの出張ホスト的な何かかと思ってしまった自分は、タカ丸さんに凄い失礼だと思うし多分疲れてるんだな。

「それは、態々ご足労有難うございます」
「あはは、何それ。そんな改まらなくても良いよぉ」

 ふにゃふにゃと音がする様な笑顔を浮かべたタカ丸さんは、じゃ、行こうかとゆっくり歩き始めた。
 先を行く訳でもなく、こちらに速さを合わせて隣を歩いている、かつ、ずっとにこやか。垂れ目がちの優男風イケメン。かといって物凄くチャラい訳ではなく、ただただ人当たりの良さだけが伝わってくる。
 こ、これがくのたま人気ナンバーワンの実力か……。

「今日は楽しみだなあ。伊助君が凄い張り切ってたんだよ」
「そうですか」
「そうそう、張り切ってたと言えば、兵助君も色々準備してるんだよね」
「そうですか」
「まあ、言わなくても分かると思うけど、兵助君、お豆腐が絡むとちょっとあれだしねえ……美味しいんだけど」
「そうですか」
「ついさっきまで鉢屋君もいたんだよ。俺が気を悪くさせちゃったから先に行っちゃったんだけどね」
「そうですか……って、え?」

 アイドルも斯くやの輝くオーラに圧倒されて、話し半分になってしまっていた。なんか一瞬、引っ掛かることを聞いた気が。

「……三郎を、怒らせたんですか?」
「うーん……怒らせたって言うのか、何て言うのか」
「はあ……」

 何とも言えない微妙な苦笑を浮かべるタカ丸さん。
 じっと見ていたら、ふと私を見下ろして、こてんとこれまた音がする様な仕草で首を傾げる。
 可愛さまで兼ね備えているハイスペックぶり……。これがくのたま人気ナンバーワン以下略

「葵ちゃんは、鉢屋君の事好き?」
「……はっ!?」
「まあ、俺が余計なことを言っちゃったって話だよ」

 思いがけず呆けてしまった私に、かくかくしかじかとタカ丸さんが語るさっきあった事とは、凡そこういった話だった。

 ……午後の授業を終えたタカ丸さん。
 委員会へ向かおうとすれば、今日の見学に来る筈の三郎を見掛けた。

「と、思いきや不破君だったんだ。不破君が、鉢屋君なら裏門前だっていうから俺、せっかくだし、声掛けて一緒に行こうと思ったんだよね」

 そうして、雷蔵君の情報通り、三郎は裏門前にいた。
 だが、タカ丸さんが、委員会へ行かないかと聞いても三郎は曖昧に返すのみ。此処で何をしてるのかと聞いたら、漸く、私を待っていると答えたらしい。
 私を連れて、それから二人で見学に向かうと言った三郎に対し、タカ丸さんは、ついでだから自分も一緒に待つと返したそうだ。

「でも、鉢屋君って無口だよねぇ……全然喋んないから、空気和まそうと思って」
「和まそうと、で、私の話ですか?」
「そうそう。共通の知り合いの話なら盛り上がるかなって」
「いや、共通の知り合いなら兵助や、他にもいるじゃないですか」
「うーん……そうなんだけど。好きな子の話の方が楽しいじゃない?」
「…………そっ!」

 それは貴方がコミュ力カンストカリスマモテ男子だからでしょう!
 お前好きな奴いんのとか、彼女とどうなんだよとか何処の修学旅行のノリだ止めてさしあげて!!うちの三郎君、絶対そういうノリ無理だから!
 てかいきなりそんな話題とノリで絡める程三郎と親しかったのタカ丸さん!?

「そ?」
「…………まあ、うん、良いです」

 色々と荒れ狂うツッコミは、目の前の何の悪気も無さそうな、然し申し訳無さそうなショボン顔のイケメンに、呑み込まれてしまった。
 代わりに出てきたのは大きな溜め息。世界観が違うんだから仕方無い。そういうことだ。

「……それで、三郎は機嫌を悪くした……と、」
「まあね。最初はさ、二人はどういう関係なのって聞いたんだよね。そしたら、三郎君、只の腐れ縁ですって笑うんだ」
「まあ、それで合ってます」
「それがすっごい優しい顔だったからさ。つい踏み込んじゃった。好きなんだよねって」
「…………そうですか」

 特に先は促していない。
 だというのに、タカ丸さんは立ち止まり、私をじっと見下ろしながら「それでね、」と先を話し出す。

「葵ちゃんは色を禁じられているって鉢屋君が返すんだ。じゃあ、もし色を禁じられてなかったら、どうしたいのって聞いたら、怒られた」

 タカ丸さんの苦笑は、困っているというより、微笑ましさみたいなのがある。

「『どうして私があなたにそれを言わなくちゃならないんだ。周りがどう思っていようと他人の妄言や詮索は雑音でしか無い。興味本位で踏み込まれるのは不愉快だ』……って言われちゃった」
「…………なんか、その、すみません」
「何言ってんの。悪いのは俺だよ」

 色を禁じられていなかったら、か……。
 割りと現実味のある話なんだよなそれ。しかも、三郎もそれを把握しているって……うわあ、面倒くさい。
 タカ丸さんは悪くない、いや悪いと言うならば、物凄く間が悪かったんだな。

「良い奴だね、鉢屋君」
「はい?」

 またも思いがけず呆ければ、タカ丸さんはふにゃんと笑みを浮かべる。これははっきりと微笑ましさがあった。

「俺の軽口に怒るくらい、葵ちゃんの事を真剣に考えてるんだよ」
「…………気難しくて、真面目なんですよ」
「だよねえ、俺、ちゃんと謝らないと」

 にこやかなままそう言ったタカ丸さんに、また、溜め息が出た。

「どうしたの?」
「いえ、タカ丸さんがくのたまから人気な事に今更納得しました」
「あは、ありがと。でも葵ちゃんは俺に靡いちゃだめだからね」

 その辺は自覚あんのかこの人……。
 やっぱり結構な食わせものだとも思うが、殆ど癖で言っている様な感じもして不思議と厭らしさを感じない。

「残念ながら、それは無いと思います」

 私がこんな言い返しを気軽にできるくらいなのだ。
 本当にくのたま人気ナンバーワンは伊達では無いのである。


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