理不尽に爛漫に/道理に叶って絢爛で

□思惑それぞれ空の内
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 くのたま長屋にまで着いてきたら蹴り飛ばそうかと思いながら着いてくるに任せる。

 おかしい。
 いや、何時も利吉さんは何処か変なんだけど、今日は何時も以上に変だ。
 振り返って見た顔は読めない無表情で思わず身動ぎする。

「……どうしたんですか」

 聞いても答えは得られないだろうと思いつつも聞いてみる。
 利吉さんは涼しげな目を静かに瞬いた。額がうっすらと赤いのにやはり微かに罪悪感を覚える。

「君が失踪した時の事を今でも思い出す」

「え、」

 どういう事かと聞き返そうとした私の耳に届いたのは空気を振るわす微かな音。
 矢羽根だ。
 私と利吉さんで昔取り決めたもの、久しく使っていないそれだったが、私の耳は独りでにその途切れた糸の様な短い音を意味として繋ぎ合わせていく。

「……え」

 私の声は間抜けに響いた。
 多分間抜けな顔もしている気がするけれど、見返してくる利吉さんの表情が酷く剣呑であるからもしかしたら酷い顔をしているのかもしれない。
 現に微かに頬が痙攣するのを感じている。

「何故……今、」

「何時かは学園を通して君の耳にも入って来るだろうが、ならばいっそ、私が傍に、私の目の届く範囲である方が良い。これは、君の依頼の延長だ」

 利吉さんの眼差しは真剣そのもので真っ直ぐに私を貫こうとしている。
 それは私にあの時の、蒼白で鬼気迫る顔を否が応でも想起させた。

 何故、私に執着すると、何度聞きたかったか。
 でもその言葉が浮かぶ度に本当に執着しているのは彼だけなのかという疑問も同時に浮かぶ。

 そうして結局何時も、彼と私は、何かをこなすために、二人でいなければならない。
 そんな根拠もクソも無い考えに帰結するのだった。

 私は深々と息を吐いた。
 因縁とはこの事を言うのかもしれない。

「分かりました。直ぐに着替えて来ますので待っていてください」

 頷く利吉さんを置いて、私は足早にくのたま長屋へと向かう。





 自室で開いた風呂敷の中身は、細かい花模様の散った薄い菜の花色の小袖に、帯はそれをきりりと引き締める様な深紫だった、共色の繊細な刺繍まで施されている。
 嫌味なくらいに趣味が良いが、まさかこの為に買ったんじゃないだろうなあの人。あり得そうでちょっと怖い。

 まあ、良いや。さっさと着替えてしまおう。
 先程の矢羽根の内容についても思案しながら手早く小袖に着替えて、髪を垂らす。
 うーん、女の格好は久しぶり過ぎて非常に違和感。

 その内慣れるかと廊下に出れば、ちょうどカグさんとハツメさんが廊下を通りかかった。

「おっ、葵。どうしたよその格好」

「まさか、お祭りに行くのかしら?」

「ああ、まあ、そんな感じです」

 適当に答えれば、お二人は顔を見合わせる。

「葵さんは、色を禁じられているのではなくて?」

「ええ、今回は任務の同行なので」

「誰とだ、先生か?」

「…………利吉さんとです」

 お二人はまた顔を見合わせた。

「まあ、上物」

「いやハツメさん上物て、」

 顔を輝かせるハツメさん。カグさんも何やら楽しげににやにやとしだす。

「しっかりやれよ葵。色を禁じられているとはいえ、既成事実をつくっちまえばこっちのもんだ」

「いや、既成事実て、カグさん。そんなんじゃないですから、む!?」

「でもそれならこれは頂けないわねぇ」

 ハツメさんに顎を掴まれ顔を上げられる。
 うわ、この人忍者なのに良い匂いする。色気ヤバイ。自覚のあるお色気系はこれだから。

「白粉どころか紅も差してないじゃないの」

「ふえ……あ。そっか」

 違和感の原因が分かった。
 然し、お二人の凄い楽しそうな笑みに嫌な予感しかない。

「着物はこれで決まりなのかい?」

「え、えと……相手の指定でして」

「まあ、素敵!だったら尚更ね、」

 がしっと腕をハツメさんに掴まれる、体が柔らかいのに全然振り払える感じがしないんですが。
 そしてもう片側もカグさんに掴まれてしまった。

「あ、あのお二方。私、急ぎますんで……」

「待つのも待たせるのもまた楽しってね。私達に任せときな葵」

「ふふ。一度いじらせて貰いたかったのよねぇ」

「ちょっとー!?」

 凡そくのいちとは思えない力でずるずると引き摺られていく。

 行く前からライフがゴリゴリとゼロに近くなっている気分で、私は縁側の向こうの暮れ泥み始めた空を空しく見上げるのだった。



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