理不尽に爛漫に/道理に叶って絢爛で

□堰は切られて
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 障子がぞんざいな雰囲気の音を立てて開いた。無意識に肩が跳ねたのに気付いて苦笑する。

 保健室の戸口に立つ喜八郎は珍しくも――割りと見るからもうあんまり珍しくもない気もするけど、やっぱり無表情が基本のイメージはある――満面の笑みで私を見た。

「どーもー、お見舞いに来たという体で罠の感想を聞きに来ましたー」

「クッソ正直だねお前」

 女の子がクソとか言うんじゃありませんと、私の治療をしながら善法寺先輩がめっと額をつつく。
 おかん……というよりはママだな、うん。

 喜八郎は大きな目をキラキラとさせながら私にすり寄る様に近付いて来る。

「ね、ね。どうだった?面白かった?痛かった?」

「面白くはなかったよ」

 『痛かった?』っておま……本当にSっ気強いわ。
 遠い目になる私など知ったこっちゃねえとでも言いたげに、超ご機嫌の喜八郎は私の肩にもたれ掛かる。

「いっ!?」

 ちょっ、傷に当たる!!

「こらっ!喜八郎!!」

 善法寺先輩が慌てて喜八郎を引き剥がした。
 喜八郎は、おやまぁごめんと、ニコニコしてやがる。悪いと思ってないだろ。

「まさか、僕が担当した罠に葵が引っ掛かるなんて」

 成る程ね。自分の作品に掛かってくれたならそりゃ嬉しいだろうな。そう思えばまあ可愛いか……とか思っちゃ駄目だな、毒されてる。

「で、感想は?」

「仕込まれていたのが綿球で助かった」

 三郎を引き離した弾みでまさかの私が掛かってしまった埋め火は、爆発の火力こそ大したことなかったとはいえ、仕込まれていた綿球が一緒に弾け飛んで来たものだから一瞬ヒヤリとした。

「本来なら陶片や鉄片を仕込むんだけど今回は致命傷を負わせるのが目的では無かったからね」

「……」

 そんな可愛い美少年スマイルで『致命傷』とか言うんじゃない、真面目に怖いから。

 私は溜め息を吐きながら、懐に引っ掛かっていた綿球を指で摘まむ。
 固く小さく丸めたそれは小石程では無いとは言えあの威力でこられたら結構痛い。お陰で肌の見えてる部位はなかなかに擦り傷だらけだ。

「あ、でも追撃として用意していた落とし穴の位置はちょっと甘かったかもよ。忍たまの体重を想定したんだろうけど」

「おー、なるほどー」

 吹っ飛ばされた後の着地地点には落とし穴が仕込まれていた。この辺の用意周到さは流石は天才トラパー様だ。
 私は体重の関係かクリアヒットする位置には落ちなかったけど、中途半端な落ち方をした為に肩を軽く捻った。

 全体的には軽傷。
 だけど罠に引っ掛かった私は取り決め通り脱落した。
 一人残された勘ちゃんどうなったろうか……あの人怒るとマジで怖そうだよなあ。

「うん、良かった。顔には大きな傷がついてないね」

 あちこちの怪我を確認しながら善法寺先輩はほっとした様な笑顔を見せた。

「嫁入り前の女の子が顔に傷なんて着けれないもんね」

「まあ、一応半分はくのたまですし、婆ちゃんとシナ先生が怖いですから」

「葵に傷が着いたら僕が貰うから大丈夫だよ」

「笑えない冗談は止めてください、綾部喜八郎君」

 テンション高いせいもあるだろうけどお前が笑顔でそう言うとどうもサイコパス感があって本気で怖いよ。

 善法寺先輩は、苦笑しながら私の右手首に湿布薬と包帯を巻き終えた。

「ありがとうございます」

 治療を終えた善法寺先輩にお礼を言えば、どういたしまして、と、白衣の天使もかくやな微笑み。顔面偏差値がカンストしてるなこの空間。

「暫くは右腕は使わないようにね。捻挫とは言え甘く見ると骨に異常を来すから」

「はい」

 私は包帯を擦る。
 しっかりと巻いてくださったお陰で少し違和感がある程度でもうちっとも痛くない。今回で一番の重症はこの右手首だ。


「罠に引っ掛かった時にやったんだよ」

 じっと見てくる喜八郎にそう答えておく。善法寺先輩が少し物言いたげな顔をしていたけれどへらりと笑って誤魔化した。

 三郎を思いっきり引き倒した時に変な捻り方をしたのだ。
 あの後は頭が真っ白になっている内にあっという間に先生に引き渡されていたから三郎が結局どうなったのかは分からず仕舞いだ。


 名前を呼ばれた気がする。
 泣きそうな声で。
 気のせいかも知れないけれど。

 その時、廊下から近付いて来る足音に思考が遮られた。障子が開く。


「ああ、本当につっかれたあ……」

「全くだ。葵、本当に今度なんか奢れよ」


 雷蔵君と勘ちゃんだった。

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