理不尽に爛漫に/道理に叶って絢爛で

□めんどくせぇなあ本当に
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 大盛りにして貰った膳を落とさないようにそっと机に置いて座れば、近づいてくる気配に私の眉が勝手にひそめられた。


「そういや、竜王丸先生で思い出したんだが、」

「……何?」

 なんでこいつは当然の様に私の隣に腰を下ろすんだ。

 噂は沈静化したからといって、警戒心というかなんつーか……

「竜王丸先生とこに、弟子いるだろ?」

「私がそうだけど、」

 三郎は一瞬、変な顔をした後、目をうろ、と巡らせる。

「いや、そうじゃなくて……男の、多分私達と同じくらいの歳の奴。お前、会ったか」

「……」

 多分、それは、太郎丸。つまり私だ。
 いつか来るだろうと思ってた質問だったけど、どう説明したものか。

 三郎は何となく、私の矛盾に気づいているのかもしれない。

 だけど、三郎や喜八郎の中では二十日程度の私の失踪だろうが、私の中では九年間の、闘いと言えば大層だけど、そんな日々の果てに、私が今此処にいることなんて知る由もないんだろう。

 私自身ですら自分がいまいち何者であるかあやふやだったりするのに、

「おい、どうした」

「知らない。そんな奴」

 説明がしにくい。まだ整理がしにくい。
 要は逃げをうった。

「……藤山。お前、なんかさっきから機嫌悪くないか?」

「悪くない」

 なんだか良く分からないけどモヤモヤってかイライラしてんのは認める。
 だけど、わざわざつっついてくんな。

 大盛りご飯をばくばくと口にいれ続ける私を三郎は黙って見ている。
 その探るような目が居心地悪かった。


「……太るぞ」

「あのさあ」

 器を置いたら予想より乱暴な音が出て、それにちょっとザワリとして、でも引っ込みが着かなくて、私は怪訝とした顔の三郎を睨む。

「……矢鱈と話し掛けるの止めろっつってなかった?」

「…………、」

 三郎は、そうかよ、とぼそりと呟き、そのまま私の隣で黙々と朝食を食べ始める。

 私はガツガツと掻き込むように食べ終えて、そのまま急いで食堂を出た。

 三郎は、追っては来なかった。








「お、葵だ。まーた、喜八郎に付き合わされてるぞ。此処んとこ放課後は毎日一緒だよなあいつら」

 教室の窓に肘を着きながら、俺が校庭に見える二人の影を指差せば、三郎はちら、と目だけを此方に向けて、ああとか、うんとか、はっきりしない返事を返してきた。

「今日は回収しに行かねえの?」

 壁に持たれてるのに、ちっとも寛いだ雰囲気の無い、むしろぴりっとした空気を纏っている三郎にそう問えば、軽くしかめっ面をして、漸く顔を向けた。

「毎回行ってる訳でもない」

「……仮にも女子に太るぞは無かったよね三郎君」

 食堂に集まっていた目撃者達の一人として素直に感想を述べる。
 雷蔵もあれは無いっつってたな。例え、其処にもっと他に伝えたいものがあったのだとしても、


「……るっせ、バ勘右衛門」

 おーおー、こりゃ相当苛ついてる様だ。然し……

「そんな苛つくぐらいなら態々言う事無いのに」

 三郎は俺達の中では誰よりも優秀な忍の素質があり、俺達の中では誰よりも他者の感情の機微に敏感な奴だ。

 そして性格が歪んでるのかなんなのか、その感覚の鋭さは他者への嫌がらせへと遺憾無く発揮されている訳だが、

 ……こいつ、たまーに分かってて自分で自分の首絞めてたりするもんなあ。

「んだよ、その無駄にでかい溜息は」

「いや、三郎は全く面倒臭い」

「…………」

 反論しない所は、昔と比べて随分としおらしくはなったとは思う。

「三郎はさ、葵の事をどう思ってる訳?」

 そして、昔も今も、こんな面倒臭い奴に敢えて突っ込んでいけるのは俺ぐらいだ。

 三郎は、長い長い溜息を吐いて、ずり、ともたれた身体を更に脱力させる。

「……知らん」

「あっそ」

 まあ、素直じゃないというか、二重三重にひねた奴だからそう簡単に本心は暴けないんだけど。

「…………ただ、」

 消え入るようなぼそりとした声。
 俯いた三郎の表情は見えない。


「あいつが笑ってるんだったら、それで良い……それだけだ」

 なんだ、今日は素直だな。
 と、俺が某かの相槌を打とうとした矢先。


「今の無し」

「は?」

「今のは無しだ」

「いや、無しと言われても聞いちまったもんは、」

「聞かなかった事にしろ」

 真剣な表情で俺に言う。
 そんな三郎にまた溜息が出た。

「本当に三郎って……ん?あれ、タカ丸さんだ。なんだ喜八郎に、いや、葵に用事か?っておいおい、ありゃ近くない」

 皆まで言う前に動き出す衣擦れの音。

「……か」

「廁、行って来る」

 そう言って三郎は教室を出ていった。

 俺は黙ってそれを見送る。


「あれ……?三郎は?ってわわっ!?」

 暫くして現れた、三郎とおんなじ顔の、いや、形は同じでもそれよりももっと柔和な顔立ちの学友に俺は抱きつきに行った。

「雷蔵うぅぅ……あいつ見てるだけで面倒臭いよおおお!!」

「ど、どうしたの?勘右衛門」

 ああ、本当にどっと疲れた。
 面倒臭いのに、またどうせ首を突っ込んでしまうんだろう俺が心底嫌だ。



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