理不尽に爛漫に/道理に叶って絢爛で

□めんどくせぇなあ本当に
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「謝らなくて良いよー、色々あるんだろうし、良く分かんないけど」

 優しいけど案外適当な感じな斉藤さん。
 ふわふわした柔らかな雰囲気。
 確か、くのいち教室の好感度ナンバーワンなんだっけか。分かる気はした。

 ん、まてまて、何故近づいてくる。

「あ、ちょっと動かないでね」

 身構えている此方に伸ばしてきた手は顔の横をすり抜け、私の結い髪に掛かる。

「髪に土被ってる」

「……まあ、穴掘りしてましたし」

「一応、女の子なんだから、責めて髪ぐらいには気を使った方が良いよ」

「一応って。後、髪ぐらいしか手え加えれる所無いみたいな言い方止めてくれません?」

 髪を触られるのは今日で二回目だ。
 でも今はそこまで不快でもなんでもない。
 いや、決して三郎が不快だった訳ではないのだけれど、あれは……なんていうんだ。

「あはは、気を悪くしたならごめんね。でも割りと、綺麗な髪してる」

 するすると髪の間を鋤く指は何の他意も感じず、ひたすらに優しい雰囲気だけがあった。

「意外ですか?」

「うん、男子に混ざっていつも泥だらけになってるから」

「結構、見てるんですね」

「噂の編入生、だからね。……うん、此れで良し」

「ありがとうございます」

 斉藤さんは満足した様にうんうんと頷いた。

「タカ丸さん、僕も」

「はいはい。喜八郎の髪は相変わらずふわふわだなあ」

 猫みたいにすり寄ってきた喜八郎の髪の毛も、丁寧な手付きで鋤いていく。

 う、うーむ。美少年とジャニーズ顔……。

 なんか、ずっとにこにこしてるなこの人。
 チャラ男的な雰囲気があると思っていたけど、軽いとかそうじゃなくて、ただ、壁を作らず自然体にすっと溶け込んでしまうような人なんだ。

 素直に、良いな、と、思った。
 羨ましい、とも。


 喜八郎の髪の泥を落とした彼は、今日の授業の復習をするのだと言って、ひらひらと手を振りながら立ち去っていく。

「じゃあね、二人とも。穴掘りは程々に、喜八郎は早く提出に行きなよ?」

「はあい。タカ丸さん」

「どうも……タカ丸さん」

 タカ丸さんは、ちょっと目を見開いて、それから今度は、ふふ、と、嬉しそうに目を細めた。




「じゃ、私ももう行くよ、喜八郎」

「おー、またね」

 ザクザクと土が掘られていく音。喜八郎はまだトシちゃんアンドターコちゃん作りに勤しむらしい。
 もう夕日が山の向こうへ沈もうとしてるのに、タフな奴だ。

 ああ、疲れた。
 けど、ちょっとだけスッキリした。

 ふう、と、溜息を吐きながら私は自分の髪を一房、顔の前に持ってくる。



 せっかく土を落としてもらったのに、なんか毛先がパサついている気がする。

「……井戸寄ってから帰ろ」

 そう独り言ちた時、ふと気配を感じて振り返る。


 誰もいない。
 日が沈んで薄暗くなり始めた其処にはただ、砂埃が舞っているだけだ。







「っ!」

 ぐいっと後頭部に違和感。
 咄嗟にそれを叩き落とすと同時に、髪を引っ張られたのだと理解する。




「……何?三郎」

 払われた手と私を見て、少し目を瞬かせて、そしてぐっと眉を潜める。

「今朝、は悪かったと」

「ああ」

 そんな事。と呟いた私に対し、その眉間の皺が深くなる。

「別に、気にしてない。大丈夫」

「……そうか」

 進路に三郎が立っているせいで、動き辛い。

 沈黙が重たい。


 風がどう、と強く吹いた。








「ダアックショオッッ!!」

 あー、やっぱ寒いわ。
 それと、

「三郎、何、地面と仲良しこよししてんの。大地のエネルギーでも吸ってるの?」

「おっ、お前!!それが、女のたてるくしゃみか!!?」

 ガバリと起き上がり、詰め寄る三郎をしっしっ、とあしらう。

「悪いね。私はこういう奴なんだよ、知ってん、っクシュ……だろ?」

 また出てきた。
 寒い、やっぱ井戸に寄るの止めて風呂に直行しよう。

「ああ、だから髪ぐらいちゃんと乾かせっつったんだ、阿呆」

 三郎はガバッと上衣を脱いだ、え、何してんの。

「ちょ、やだ。露出きょっぶ!!!」

 脳天に思いっきり拳骨が落ちてきた。
 ああ、くそ。
 懐かしい。そして痛い。

「着とけ」

 痛みに俯く私の肩にばさりと上衣をかけてきた。

「直ぐそこまでだし平気だって」

「良いから着とけ」

 拳骨の衝撃で潤んだ視界に写る三郎は、妙に優しい目をしていて、私は、なんだか苦しくなった。

「……明日返す、ありがと」

「おう」

 急ぎ足で三郎の横をすり抜けて歩き出す。


「藤山」

 呼び止められて、足を止める。振り返るのがなんだか癪で、そのまま黙っていた。

「また明日な」

「うん……また、明日」


 振り返らず手を振りながら歩き出す私は、また小さくくしゃみをしてしまい、三郎が笑ったのが気配で分かった。

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