理不尽に爛漫に/道理に叶って絢爛で
□めんどくせぇなあ本当に
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「おやまあ、まあた、でっかい溜息」
ん、溜息吐いてたのか。
指摘されて初めて気付いた。
「あ、ごめんな。喜八郎」
「え、何が?」
きょとんとした顔の、まったく気にしてない感じの喜八郎が有り難かった。
何だろうなこの重苦しさは、言うなれば自己嫌悪。
今朝の一件から今日一日、あのまま三郎は、見事にひとっことも私に話し掛けてくる事も近づいてくる事もなく、私がそうしろって言ったんだが、結局モヤモヤは晴れないまま、実技も座学もぱっとせず……
「何やってんだ、私は」
「穴掘り」
「いや、そうじゃなくてね」
呟きをいちいち拾わなくても良いんだって。
隣で掘ったばかりの穴の壁をならしている喜八郎を見る。
「別に穴掘りが嫌だって訳じゃないから」
きつい実習の後とかは勘弁願いたいけど、全くもって私に対しての遠慮も無く、私がどんなに機嫌悪かろうが、触れば怪我するジャックナイフだろうが、ただマイペースに好きなように連れ回す喜八郎の存在はある意味で楽だった。周りも「まあ、綾部だしな」みたいな雰囲気あるし。
「うん、知ってる」
此方を見ずに答える喜八郎。
「葵、僕のこと好きだもんね」
「凄い自信だなお前」
「えー?」
泥で汚れた顔の汗を手で拭いながら此方を見る。
手も汚れてるから顔がますますえらいことになっている。
「だって、僕が葵のこと好きだから」
どういう理屈だそれは。
苦笑しながら、私は踏み鋤を地面に押し込む。
天才トラパー様の指定した位置にただひたすらに穴を掘るだけの簡単な作業だ。余計な事を考えずにすむ。
「……私が、いなくなる前の私じゃなくても?」
考えなくても良いのに、口に出している私は馬鹿で面倒臭い奴だと思った。
「何言ってんの?」
間髪入れず返事が返ってきた。
「そうだね、何言ってんだろ、」
「葵は葵でしょ」
振り返って見た喜八郎は、むすっとした顔をしてる。
「意味不明な事言ってないで、さっさとトシちゃん作ろうね」
「はいはい」
一応、私が歳上なんだけどなあ。まあ、あの一瞬の前世みたいなんでは妹だった訳なんだが、ああ、ほんとややこしいな私は。
「あ、いたいた。喜八郎」
ほにゃんとした声と、ざりざりと全然忍んでない足音の方を見れば、
「……ジャニーズ顔Bだ」
「ん、僕のこと?えっと、僕は、」
きょとんとした顔を此方に向けたジャニーズ顔Bさんは名乗ろうとしたが、私はそれを制した。
「ちょっと待って、すぐ此処まで来てるから……」
えーと、確か、この人は、
「伊藤さん!」
「違う」
「加藤さん!」
「団蔵」
「佐藤さん!」
「惜しい!!」
「……鈴木だっけ?」
「惜しいって言ったのになんで離れてっちゃうの!?」
「四年は組の斉藤タカ丸さんだよ」
見かねた喜八郎が説明してくれた。
喜八郎の呆れた顔とか超レアなもの見た気がする。
「えっと、失礼しました、それと、初めまして、斉藤さん」
「タカ丸で良いよ。此方こそ初めまして、葵ちゃん」
いきなりちゃん付けだ。グイグイ来るタイプの人だ。
然し、悪いが、私は今は触れたら怪我するサバイバルナイフである。
「葵ちゃん、いつも喜八郎と穴掘りしてるの?」
「いつもって訳ではないですよ斉藤さん」
「だから、タカ丸で良いってばあ。さっきの和んだ空気は何処行ったんだろ?」
「さあ、山の向こうにでも飛んでいったんじゃないですかね、探しに行ったらどうですか斉藤さん」
「葵ちゃんって面白いねえ。喜八郎」
うーむ。私が苛ついていようがなんだろうが動揺ゼロでにこにこしている。
良い人だと思うと同時になんか苛ついてる自分が馬鹿馬鹿しくなってきた。
「でしょう」
「でしょう。じゃないよ喜八郎。で、何の用事ですか斉藤さん」
だけども、変な意地で斉藤さん呼びは変えれない。
「えっと、喜八郎に伝言があってね。先生がこの前の実習の報告書を早く出しなさいってさ」
思いっきり顔をしかめる喜八郎。
「めんどくさぁい」
「滝夜叉丸も手伝ってくれるそうだよ?」
喜八郎は更に顔をしかめている。
「喜八郎、さっさと出しときなよ。そういうのは先伸ばしにすればするほどめんどくなるから」
「そうそう、葵ちゃんの言うとおりだよ。僕なんて一番に出しちゃったんだから、子供の作文かって突き返されたけど」
えへんと自慢気に言う事でもないだろうに、思わず苦笑すれば、ふにゃ、と笑みが返ってくる。
「ああ、良かったー。やっと、笑ってくれたあ」
「んえ?」
「ずうっと怖い顔してるからさあ」
「そう、でしたか……すみません」
うん、怖い顔しているというか苛ついてるのを隠してない自覚はあった。
でもそれは私の都合であって、(彼の中では)初対面に見せる態度としてやっぱり失礼だったよな。
……ああ、駄目だ。また自己嫌悪だ。
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