理不尽に爛漫に/道理に叶って絢爛で

□あれはなにものか
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「奇妙な奴だが……悪くはない」

 立花もぼそりと呟いた。
 潮江が頷いたのを横目で確認した。

「悪くないが、喜八郎があそこまで懐くのは少々驚きだ……暫く、様子は見た方が良いだろうな」

 逢坂さくらの二の舞は避けたい。
 そう思っての発言だが、潮江は返事を返さず、相変わらず複雑な表情を浮かべたままである。

「仙蔵」

「なんだ」

「俺達。何かを忘れてないか」

「………………」

「………………」

 無言で見つめ合う二人。
 立花は怪訝そうに首を傾げた。

「……いや、何も忘れてなど」

「あああ!!いた!酷いじゃないかあ君達ぃぃぃ!!!」

「…………」

 大声を出して現れたのは、全身ボロボロの二人組。

「伊作、斎藤」

 六年は組の善法寺伊作は制服の半分以上を破れさせ、四年は組の斎藤は顔から出るものをすべてだしている。

「もうっ!ちゃっかり木札まで取るんだから酷いよ!!タカ丸はまだ初心者なんだからね!!!」

「ぶぇ、びどぃよおおお、ごわがっだよおおお!!」

 ぼろ雑巾の様な手拭いで斎藤の顔を拭く善法寺を立花と潮江は遠い目で見つめた。

「おい、伊作、伊作」

「何?」

「藤山葵についてどう思っている?」

「はあ?そんなの……」

 先の言葉はなかった。
 斎藤と善法寺はぽかんと顔を見合わせる。

「……あ、れ?」

 立花は大きな溜め息を吐いた。

「……要注意人物と言いたかったが、私達は、それすら問題じゃないほどの大馬鹿だったらしいな」

 何処に向けてとも言えないその呟きに答える様に、四つの影が彼等の前に躍り出た。



















 なんか寒い。寒いっつーか冷たい。

 自分の身体を見回すと何故かぐっしょり濡れている。
 なんだこれ。

「質問していい……?」

「どうぞ」

 スーツ女は姿を現さなかったが、あの無機質な声がグレーの空間に響いた。

「逢坂さんは、彼女は、まだあっちでは死んでない、よね?」

「はい。肉体は滅んでいません」

「返そうと思えば返せる?」

「本人が望むなら」

「…………「彼女」の名前は、」

「それに答えるのは、干渉できる範囲を越えます」

 予想通りだ。

 髪から雫が落ちる。
 本当になんでこんなに濡れてんの私。
 まさか仙様の復讐によって寝てる間に川に落とされてんじゃないだろうな。

「最低でも、後、五日です」

「は?何が?」

「貴女に与えられた時間は、最低五日、もって十日です」

「……期間限定とか聞いてませんけど」

 足が震えたのは寒さだけでは無い気がする。

「その日を過ぎたら、どうなるの?」

 答えは返ってこなかった。
 察しろやゴルアって感じか。

「…………くそが」

 しゃがみこんだ。



 本当に




 寒い。












 目が覚めた時、朝日に光る樹が見えて、続いて隣で眠る喜八郎が目に入って、私は、泣いている。


「ちくしょう……」


 夢じゃない。これは、現実だ。

 それでも、今でも心のどっかで、これが夢なんじゃないかと思っているのだ。

 きっと病気で混濁した意識が見せている夢。

 次に目覚めれば病室の天井がある筈。

 何度でも期待は裏切られる。


 私は、あの時に死んでいる。

 理解はしてるけど、物語の様に、遠くて実感がない。



 私は、何だ。

 私は、何処にも繋がっていない。

 そう感じた。

 私は、この世界に属してもいなければ、元の世界にももういない存在になってる。

 だったら私は、此処にいる私はいったい何者なんだろうか。

「……葵?」

 喜八郎の目が開いた。
 その時気づいた。喜八郎が、ずっと私の片手を握っていることに。

「よーしよし。泣かないのー」

 ぎゅっと抱き寄せられる。おいこら、私は年上だっての。

「……うっせ」

 でも、抵抗する気は起きなかった。土の匂いがする喜八郎の身体は、寝起きのせいか温かい。

 私の身体は濡れてなどおらず、身体には、緑色の制服と、紫色の制服がかけられている。

 緑は誰か分からないけど紫色のは今胴衣姿の喜八郎のものだろう。
 美少年に似合わぬ上腕二頭筋の持ち主だ。

「ありがとう」

「寒くない?」

 抱きついたまま聞いてくる喜八郎に黙って頷いた。










「おはよう葵!!!」

「どうっ!?」


 喜八郎が消えた!?

 じゃない、私が別の腕に抱えられてるんだ。

 ってか、この暴力的な力の強さは。

 腕の持ち主を恐る恐る振り返る。

「七松先輩、おはよーございます」

 にかっと歯を見せて笑う。
 野獣めいたぐりぐりした眼と目が合った。

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