理不尽に爛漫に/道理に叶って絢爛で

□まさに曲者
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 行くより他には無い。
 とは言いつつも、見慣れた保健室にいる玄人中の玄人の存在感に肌がひりつく様な気分だった。いや、これは雑渡さんがどうこうというより私の心情のせいかもしれない。
 雑渡さんは、私を見てまたにっこりと笑う。きっとこれも、穿った目で見なければ穏やかで友好的な笑みなのだと思う。

「聞いた通りに本当に忍たまをやっていたんだね。男の成りも桔梗色も良く似合う」
「それはどうも……そちらも聞いた通り、保健室に良く来られているんですね」
「おや、そんな事言ったかな」
「私を御存知でしたのは、保健委員会の皆さんに色々とお聞きしているからだと解釈しました」
「……ああ、それなら確かにそう言ったかもね。情報元を吐くとは私もまだまだだな」
「分かっていて仰ったのでは無かったんですか」
「ふふふ……良いねぇ。やっぱり君、面白いよ。葵ちゃん」
「私は面白くないですね」

 そんな、他愛の無さに一抹の不穏ミックスな健康に悪そうな会話を交わしつつ、私は大惨事の保健室の片付けを手伝う。雑渡さんはお客様然として動き回る私達を見ているだけ。そして、私と一緒に片付けを手伝ってる三郎はといえばさっきから一言も喋らないんだなこれが。
 あから様な敵意も警戒も、この人には無意味だと思うんだけど。後幾らなんでも『この場所』で『何かをする』事は無いのでは……楽観過ぎかもしれないけれど。
 と、三郎の固い表情を盗み見ても雑渡さんに意識が向いているのか此方を見もしないのだった。

 薬を拾い上げて、床を拭いて、銀介達を外に出して、漸く片付けは一段落着いた。

「悪かったね。早速手伝って貰っちゃって」

 そう善法寺先輩が申し訳無さげに苦笑する。それから、私の直ぐ隣に腰を下ろした三郎に益々苦笑を深くした。

「僕が言っても説得力は無いだろうけど、雑渡さんは今日は只の客人だからね、鉢屋」
「そうそう、私は寛ぎに来ただけだよー」

そう取り成すような善法寺先輩。茶化す様な雑渡さん。三郎は眉をひくりと動かして、それから少し間を置いて深々と力を抜くような息を吐いた。

「……ええ、分かっています」

 三郎は、そう、溜息の惰性の様にボソリと吐き捨てた。
 雑渡さんが、覆面の下からくつくつとくぐもった笑いを溢す。

「いやはや、全く分かりやすい子だね鉢屋君は」

 三郎の眉がまたひくりと震えた。表情には殆ど出していないけれど、怒りに近い空気が漂ってる。『分かりやすい子』という言葉が多分、気に食わないのだろう。
 雑渡さんはひたすら楽しそうに目を細めている。ああ、うん。前も薄々感じてたけれど、失礼ながらやっぱりこの人、性格があまり宜しいと言えない感じだ。玄人中の玄人らしいと言えばらしいのだけれど。

「はい、どうぞ。熱いのでお気をつけください」

 そんな空気の悪い私達の間に割って入ったのは、ほわほわと柔らかい湯気の立つ湯飲みだった。
 すんと、茶の香りがして、少しだけ空気も柔らかくなった気がする。

「ありがとう……えっと、」

 お茶を出してくれたのは、二年生の制服の男の子。しっかりしていそうな、小さい三郎もとい三郎次君とはまた違う感じに意地の強そうな彼は、すっと正座をしてから私に頭を下げた。

「二年い組の川西左近です。昨日はうちの三郎次が世話になりました」
「五年ろ組の藤山葵です。三郎次君と同じクラスなんだね。世話は寧ろ見学した私がしてもらった感じだから」
「いえ、三郎次の奴、噂の編入生と話したなんて自慢気に言ってましたよ……本当に餓鬼なんですから」

 お、おお。そうだったのか三郎次君。昨日は伊助君とやり合う時以外は始終むすっとしてて全くそんな素振りを見せなかったけれど……。

「おい、だから何故そこで私を見る」
「いや、別に?」

 じとりと睨む三郎の表情も、少し柔かくなっていることに安心した。善法寺先輩が密かに噴き出したのが目の端に映る。お分かり頂けましたか善法寺先輩。

 さてと、二年生の川西君の次は、一年生の……内一人は乱太郎君。もう一人の、妙に輝いた目で見てくる顔色の芳しく無い子に目を向けてみる。

「一年ろ組の子?」
「わあ〜……すごぉい!良く分かりましたねぇ!」

 見開いた目を輝かせるその子につい苦笑が浮かぶ。

「一年生は、組ごとの個性が強いみたいだからね。何となく分かる様になっちゃったよ」
「うふふ。そうなんですよぉ。僕達一年ろ組は斜堂先生の影響がどっぷりでぇ」

 そう楽しげににやっと笑うこの子は、同じ一年ろ組でも今までの子とはなんだか毛色が違う感じがする。

「申し遅れました。僕は鶴町伏木蔵って言います。葵さんはこなもんさんとお知り合いなんですかぁ?」
「うん?……えっと、こなもんさん……?」

 何だったっけそれ。
 どっかで聞いたぞそれ。

「私がこなもんさんだよ葵ちゃん」

 と、雑渡さんが笑った。
 私はそれに、少し呆けて、何とも言えない溜め息を吐く。

「……そうでした」
「あれ?それも言ったかな?」
「…………いえ、お名前から連想は容易いなと思っただけです」

 水色の水玉柄のノートが過る。
 その中身の内容の、真剣見溢れる気楽さとか、それを書いて、私に託した友人、ゆうちゃんの、顔が、本当に微かに過る。

 なんだかそれは、あまりにも過去だ。夢の一部みたいに、朧気だ。

 本当に、何とも言えない気分で、仕方無くへらりと笑えば、雑渡さんは静かに目を瞬くのだった。

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