理不尽に爛漫に/道理に叶って絢爛で

□後に白くて四角いあれが待つ
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「鉢屋君、さっきは嫌な気分にさせてごめん」

 謝らないと。と、言った通りに、タカ丸さんは焔硝蔵前に着いた途端、そこにいた三郎の前まで真っ直ぐに歩いて行き、そう頭を下げた。
 三郎は物凄くぎょっとした顔をして、それから居心地悪げに目を泳がしてから、ぼそぼそと何かを返す。

「ああ、良かった。そんな、良いんだよ。悪いのは俺の方なんだから」というタカ丸さんの返しからして、『気にしないでください』とか『自分も悪かったです』とかそんな返事だったのだろう。
 ふっと力が抜けた様に苦笑した三郎に、タカ丸さんもにこっと笑うのだった。

「何だ、三郎。タカ丸さんと何かあったのか?」

 その様子を近くで見ていた兵助が、怪訝そうに二人を見比べてそう聞いてきたけれど、タカ丸さんが、
「まあちょっとねー。でももう大丈夫」
と、ふにゃりとした笑みを着けながら答えた事で、それ以上の詮索も無かったのだった。流石はコミュ力カンストモテ男子……。

「じゃあ、三郎も葵も揃ったことだし、活動を始めようか」

 そう、兵助が言えば、タカ丸さんと、一年は組の伊助君が「はいっ」とよい子の返事。伊助君の隣の子はこくりと頷いた。制服の色は二年生。

「葵。紹介しておく……とはいってもタカ丸さんと伊助とはもう知り合いなんだよな」
「うん」
「じゃあ、三郎次だな、三郎次」

 兵助が焔硝蔵に入り掛けていた二年生の子を呼び止めた。
 びくりと肩を揺らして振り返ったその子。
 良く見れば気が強くてやんちゃそうというのか、ガキ大将っぽい顔立をした彼は、のろのろと私の前まで来て、ひょいっと頭を下げた。

「二年い組、池田三郎次です」
「初めまして、五年ろ組の藤山葵です。今日はよろしく」
「……うす」

 口の端から溢すような『うす』。もう用は済んだとばかりにぷいっとそっぽを向いてまた焔硝蔵へと戻って行く。

 なんというか、うむ、これはあれだな。


「三郎次の奴。タカ丸さんが初めて来た時と反応が一緒だな」
 と、兵助。

「三郎次先輩、結構人見知りですから」
 と、伊助君

「三郎次君は慣れてくれるまでに時間かかるよねぇ」
 と、タカ丸さん。

 って、君達!私が敢えて深く踏み込まなかった所を!止めてさしあげろ!!彼、多分難しいお年頃的なあれだから!
 ほらあれだ。親戚の集まりで距離感を掴めないで無愛想になってる子どもを微笑ましく見る感じ……って、あ、三郎次君が凄い勢いで戻ってきた。

「うっせーよ!阿呆伊助っ!!」
「ったあ!?何すんだ三郎次!!」
「先輩を着けろ阿呆が!」

 戻ってきた勢いのまま、げしっと伊助君を蹴ったのだった。
 三郎次君の顔は真っ赤だ。うん、まあ、そうなるわな。

「だったら先輩らしく振る舞ってくださーい」
「お前に可愛いげが無いのが悪いんだよばーか!」

 ぎゃいぎゃいと言い合いを始めた後輩二人を他所に、タカ丸さんと兵助は焔硝蔵の中へと入っていく。

「止めんで良いのか」
 と、呆れた顔で三郎が聞けども、二人はひょいと肩を竦めて、
「何時もの事だ」
「ほっとけばその内終わってるしねぇ」
 と、答えるのだった。
 良いのか、それで……。
 私も三郎も微妙な顔をしていれば、兵助とタカ丸さんは顔を見合わせ、ふっと笑う。

「三郎次は心安い相手には意地が悪いし横柄だ。伊助もその辺は良く分かっている」

 ……んん?

「喧嘩ができるのは仲が良い証拠。三郎次君、なんだかんだで伊助君の事可愛がってるから大丈夫だよ」

 ……んんん?
 なんか似たような話を最近聞いた気が……する様な、しない様な……。

「…………なんで私を見る」
「いや、別に」

 隣に立つ三郎を見上げれば、じとりと睨まれる。

 いや、誰の事とは言いませんがね。なんだか通じるものを思わせますねっと…………そういや、名前まで似ているじゃないか。

「……ぶふっ」

 堪えきれず噴き出した私の頭を、三郎が無言で叩く。
 タカ丸さんが視界の端で小さく笑った。流石、分かってらっしゃる。
 一方、兵助は私と三郎を不思議そうに見ていたけれど、やがてこほんと小さく咳払いをして、懐から帳面を取り出した。表紙には火薬使用記録とある。

「火薬委員会の仕事は、主に、焔硝蔵とこの使用記録の管理だ」

 仕事の説明を始める気らしい。相変わらずマイペースだ。

「火薬使用記録は顧問の土井先生が着けている。我々火薬委員会は十日に一度、使用記録と焔硝蔵の備蓄量とに相違が無いかを確認している。備蓄が心許なければ、土井先生にお伝えして学園予算から新たに購入してもらう」
 
 淡々と説明を続ける兵助。
 なんだか、今までで一番、見学視察っぽい雰囲気だ。
 豆腐テンションの矢文を受けた時はどうなることかと思ったけど……やっぱり兵助は真面目で優秀なんだよなあ。

「使用記録と備蓄量が合わない時はどうなるんだ」

 と、三郎が質問すれば、兵助の眉間に難しげな皺が寄る。

「俺の代では起きていないが……過去二回あったらしい。一回目は備蓄が記録より残っていただけだから、使用した者に確認を取るだけで済んだそうだが、問題は二回目だ」

「使用記録より、備蓄の減りが多かったんだな」

 兵助は重々しく頷いた。

「大騒ぎだったそうだ。何せものが火薬だからな。備蓄の再点検に過去一月も遡って使用した者全員への確認。火器の借用記録との照らし合わせ。盗難の可能性も見て学園来訪者の名前の洗いだし……」

 聞くだけで大変そうだ。
 兵助は深々と溜め息を吐く。

「結局、当時の火薬委員の一人が、使用記録を通さずに個人的に火薬を受け渡していた事が発覚。その後直ぐに焔硝蔵に松明を持ち込んだ愚か者による爆発事故もあり火薬委員会は一時解体。暫く発足もされなかった」

 タカ丸さんが、「えっ」と意外そうな声を上げる。

「ねえ、兵助君。もしかして、今の火薬委員会って結構最近に出来たの?」

 タカ丸さんも初耳だったらしい。
 兵助は、その問いにこくりと頷いた。

「声が掛かったのは去年。俺が一年生、久々知先輩が四年生の時ですよね」

 口喧嘩は終わったらしい。
 伊助君を連れて蔵に入って来た三郎次君が、そう言葉を繋いだ。

「ああ、土井先生が火薬担当に就任されて、御一人では負担だろうから生徒も着けようということで……俺に白羽の矢が立ったのは、真面目な生徒、という木下先生の紹介からだが、三郎次は違ったよな」

 そうにやりとした兵助に、三郎次君はすんと鼻を鳴らす。

「蔵の御守りですね。野村先生は結構酔狂な人ですから」
「三郎次の家は漁師なんだ。そして苗字に池。水の気に関わりのあるという験担ぎだな。それから今年、土井先生が担任を持つ生徒であり、かつ整理整頓がきちっとできるからと伊助が、そして編入生のタカ丸さんが加入して漸く委員会として軌道に乗った感じだな」
「え?俺の加入の決め手は?」
「あー……タカ丸さんは客商売の管理能力でも買われたんじゃないですかね?」
「えー。なんか適当じゃないそれ」
「後はまあ、タカ丸さんには火薬の知識がありませんから、指導はいるでしょうが慢心も無い。如何様にも育てられるって事だと思います」

 ……なるほど、火薬委員会の構成は他に比べて小ぢんまりとしている様に思えたけれど、少数精鋭の結果という事か。

「まあ、火薬委員会発足秘話は置いとこう。一見地味ではあるが大事な仕事を担っているという事だ。今日は件の備蓄点検日。先ずは全ての火薬壷を出す。葵と三郎も手伝ってくれ」
「ああ」
「勿論」

 委員長代理、兵助の一言で、皆それぞれ作業に入っていった。



「あ……袋?」

 外に出された火薬壷を開けてみれば、火薬は小分けにされて袋に包まれていた。

「八十匁ずつにしてあるんだ。こうしておけば、減った量を確認しやすいからなんだって」
「なるほど。じゃあ、この袋を数えていけば良いんですね」
「はい。一から十二番までの壷が火薬の入った壷です。十三番が返却された余り。十四、十五番が硝石の壷です」

 私は伊助君とタカ丸さんと一緒に備蓄量の点検。
 大小三郎……失礼、三郎と三郎次君は、余って返却された火薬の量を確認して、それを再び八十匁ずつに分ける作業。
 兵助は硝石の備蓄量を点検している。

 皆、黙々と作業を続けて、大体半刻が過ぎたくらいで各々の作業が終わり、兵助が記録帳と照らし合わせる。

「……うん。全て相違無し」

 兵助がそう頷けば、伊助君が大袈裟に息を吐いた。

「ああ、良かったぁ……!」

 さっきの兵助の話を聞いて心配になっていたらしい。
 微笑ましいなあと思った矢先、三郎次君がふんっと鼻で笑う。

「なんだ。合わないかもってびびってたのか?まあ、伊助が数え間違いを起こさない限りはそれもないさ」
「そういう三郎次先輩が量り間違いをされないか、僕は心配してたんですぅ」

 いーっ!っと睨み合う二人。それを見るタカ丸さんと兵助は微笑ましそうだが、三郎は何とも言えない微妙な表情なのがじわじわと笑える。

 うん、三郎、あれお前だよ。


「さて、これにて今日の点検は終わり。後は火薬壷を元の場所に戻すだけだ」

 そう、兵助は記録帳を懐にしまう。

「なんだ。地味だ地味だと聞いていたが本当に地味だな」

 と、減らず口を叩く三郎に「まあそう言うな」と兵助は笑う。
 爽やかなイケメンスマイルだ……あ、これ三郎墓穴掘ったぞ。

「葵には昨晩、矢文を送ってあるが、良い大豆が入ってるんだ。折角来てくれたんだからご馳走させてくれ」
 
 小料理屋の店主みたいな事を言う兵助を見る三郎と火薬委員会の面々の顔は引き釣った笑顔だ。恐らく私も。
 当人に悪気が微塵も無いからこそ、質が悪い。
 
 来るべき豆腐地獄を思いながら運ぶ火薬壷は、最初と比べてなんだか重たいのだった。

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