□伝えてしまえば楽なのにそれさえも許されなかった
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※FFIのスケジュールとかよく分からないので選手発表辺り捏造激しいです。







『さ、帰ろう』
部活が終わり日も落ちた頃、いつものように兄弟2人に声を掛ける。すると2人は同時にこちらを振り向いた。双子みたいに息がピッタリだ。
「うん、もう鍵も閉めたし帰れるよ」
「あ、俺寄るとこあるから2人で先帰っててくれ」
寄るところ?こんな時間に何処へ…。不思議に思って聞いてみるとアツヤは小さくため息をついて私をチラッと見た。なに…?
「こんな時間だよ、1人は危ないよアツヤ」
そう士郎が心配して言うけれどアツヤはすぐ追いつくと言ってきかない。
「大丈夫だって、コンビニ寄るだけだから」
『コンビニなら一緒に行くけど』
しつこい、そう言ってアツヤは1人歩き出した。なんか怒ってるのかな…。隣の士郎を見ると彼もなぜアツヤがあんな事を言っているの分からなようで、私たちは顔を見合わせて首を傾げた。
『機嫌悪いのかな?』
「練習の時は上機嫌だった気がするけど」
少しの間の沈黙の後、士郎がじゃあ帰ろっかと歩みを進めたので私も慌ててそれに合わせる。久しぶりに二人きりで帰るなぁ。ちょっと緊張する。
何を話そうかなと考えてるとスマホからピコン、とメッセージを知らせる音がしたので確認する。アツヤからだった。
【貸しだぞ。なんか奢れよ】
『…………』
どうやら気を使ってくれたらしい。これはこれはどうもありがとうございます…。おかげで緊張してます。
もちろん、そう返信した頃に士郎がアツヤからかと聞いてきた。鋭い……。素直にそうだとは言えないので適当な嘘で誤魔化す。
『友達から。今度遊ぶ約束してて…そのことについて』
「へぇ…そうなんだ」
『…………』
「…………」
どうしよう、何を話せば!?二人きりなんて随分となってないからどんな事を話したらいいか分かんない!
チラッと士郎の方を見てみれば、彼は暗くなった空を眺めていた。空、というか何処か遠くを見ている気がする。私も同じように顔を少し上げて眺めてみるけれど見えるのは一番星と小さく光る星たち。星を見てるのかな。もう一度士郎の方を見てみるけれどやはり少し違うようだった。
『士郎…?』
なんとなく心がざわついて思わず名前を呼んでしまった。
「ん?どうかした?」
彼はすっと顔をこちらに向けていつもの調子で微笑む。気のせいだったかな…。
『いや……あ、そういえばFFIの代表選手発表もうすぐだね』
呼んだはいいが特に何も話題を考えてなかったので思いついたことを口にする。そこではっとした。さっき士郎が遠くを見ていたのはその事を考えていたんだと。日本代表として世界を相手に、世界でプレーする事を。
「うん。誰が代表になるのかも楽しみだけど、何より世界でプレー出来るのが楽しみだよ」
士郎はほんの少し声の調子を弾ませてそう言った。その言葉から自分は代表に選ばれるという自信が感じとれる。それはそうだ。ここまで来たらもう誰だって代表入りするという自信を持っているだろう。それに士郎は見た目は王子様みたいで穏やかそうに見えるけれど、それなりに強気だし自分の意見ははっきり言うしサッカーのプレイに関して自信を持っている。そこがかっこいい。普段とのギャップってやつかな。
『そっかぁ。不安よりも楽しみが勝ってるなんてさすがサッカー馬鹿』
「え〜?それはアツヤでしょ」
『知らなかったの?士郎もそう言われてるからね』
「ほんと?それは知らなかったなぁ。ふふ、そう言われるのって案外嬉しいんだね」
やっぱりサッカー馬鹿だ。本当に嬉しそうにしている士郎をみて思う、彼が代表選手に選ばれたらしばらくは会えなくなるということを。こんな風に一緒に帰れないし、話せなくなる。一生会えなくなるという訳ではないけれど、私と士郎はもう3年で、きっと士郎はサッカーを続けるためにここを出て行く。高校で強いとこに行ってその後はプロになる。世界大会が終われば受験だし、すぐに中学を卒業するのだ。ゆっくり会える時間もないだろう。
『……士郎が活躍するとこ、テレビでちゃんとみてるからね』
寂しい、行かないで。なんて言える訳もないしそんな権利もない。私だって士郎がサッカーで活躍する事を願ってるし士郎がサッカーをしてる姿が好きだ。引き止めたくはない。
「うん、ちゃんと見てて。…なんて、まだ選ばれてないんだけどね」
『士郎なら大丈夫だよ!』
「そうかな?ありがとう」
大丈夫、士郎なら絶対に代表選手に選ばれる。何故かそういう自信が私にはあった。私だけではないかもしれない。実際、士郎の表情からは代表入りするという確固たる自信が伺える。
『……1番、応援してるよ』
立ち止まってしっかりと伝える。私は誰よりも士郎のことを応援してるんだよ。それが伝わってればいい。だけど他にも伝わってほしいことがある。それはまだ勇気がなくて言えない。きっと士郎の目に私は映っていないと思うから、言えない。だけど言いたい。そんなジレンマをずっと繰り返している。
「ナマエちゃんにそう言って貰えたらすごく力強いな。……うん、ありがとう」
ずっと応援しててね、冗談なのか本気なのか分からない声色で士郎が言った。その表情はやっぱりいつもと同じで、だけどどこか違う気がして。
士郎が歩き出したので私もまた歩き出す。横を盗み見れば、暗がりに彼の白い肌が溶けていきそうで抱きしめたくなった。好き、そばに居たい。そう想えば想うほど気持ちを伝えたくて仕方なくなる。言ったところで何も変わらないのに。
『士郎、私が士郎を1番応援してるっていうのはアツヤには内緒ね』
「ん〜どうしようかなぁ」
『ちょっと…』
「あはは、ごめんごめん。言わないよ、2人だけの秘密だね」
『…そう、だね』
ずるいなぁ、そんな言い方。2人だけの秘密、好きな人からその言葉を言われてドキドキしない子なんていないよ。私は士郎には気づかれないように小さくはぁと息を吐いた。




思った通り、日本代表に士郎は選ばれた。
これで士郎との時間は残り僅かになった訳だけど、前から予感していたからショックはそれ程なかった。

代表発表がされてから士郎とアツヤはこちらに帰ってきていて、士郎だけが世界大会のためにしばらく東京の方に居るので荷物をまとめてまた向こうに戻る。今日は彼が向こうに戻る日だ。
私とアツヤは見送りで空港に来ていた。
「待ってろよ、アニキ。絶対代表入りしてやっから」
「うん、待ってるよアツヤ」
「アニキと入れ替わるかもな」
「望むところだ」
士郎とアツヤのそんな会話を微笑ましく見ていると不意に士郎から名前を呼ばれた。
「ナマエちゃん」
返事代わりに顔を見れば彼は少しだけ眉を下げてニコッと笑った。どういう表情なんだろうか、それは。
「呼んだだけ」
『はい?』
小悪魔か。そんな事をされると好きな気持ちが増すからやめてほしい。
「…なんかさ、もうしばらく3人で喋りながら帰ることもないんだって思うとちょっと不思議な気持ちになるね」
「はぁ?なんだよアニキ、寂しいのかよ」
アツヤが意外だなと笑う。笑いはしなかったけど私も意外だと思った。まさか士郎がそんなことを言うなんて。
『寂しいなんて士郎でも思うんだ…』
「ふふ、さぁどうだろうね。」
『帰ってる時さ、士郎とアツヤはずっとサッカーの話ばっかりしてたよねぇ』
そう言えば、2人はそうだっけと声を揃えた。
「ナマエちゃんは、僕のことよく見てたよね」
『え……』
息が止まった。バレていた。心臓がドキドキとして汗がじんわり滲んで全身が熱くなる。目の前の士郎を見たけれど優しく微笑んでいるだけ。どうして気づいてるの、何でそれを今言ったの、そう聞きたいのにうまく声が出ない。
「…それじゃあ、そろそろ行くね」
「負けんなよ」
いやだ、いかないで。まだ言いたいことあるんだよ。迫る別れに心臓がバクバクと激しく動く。
「負けないよ。じゃあ、二人ともまたね」
試合の応援にもたまに来てね、そう言って士郎が背を向けて歩き出す。
行ってしまう。本当はずっと言いたかった。私の気持ちを伝えたかった。これだけ追い詰められないと言い出せない自分が嫌いだ。
『士郎…!』
絞るようにして出たその声は自分でも分かるくらいに小さくて、震えていてとても情けなかった。
「…なに?」
あ、だめだ……。
ゆっくりと振り返った士郎のその眼差しに、その表情に、その声色に私が言おうとした事は全て断ち切られた。
まるで今から私が言おうとしている事を分かっているかのようで。言うな、そう言っているように見えて私は喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。これは間違いなく拒否られたんだ。受け入れて貰えなかった。
『……ごめん、何でもない』
頑張って、言いながら俯いて涙が出そうになるのをぐっと堪える。
「…うん、ありがとう」
私には分かった。士郎の言う「ありがとう」は私の言った「頑張って」に対して返した言葉じゃない事。ねぇ、士郎は私の気持ちに気づいてたの?
遠ざかっていく足音を聞きながら、限界まで我慢した糸がプツリと切れて力が入らなくなる。急にしゃがみ込んで泣き出す私を見て、アツヤはため息をひとつ吐いた後にベンチまで連れてきてくれた。
「お前、さっきなんで言わなかったんだよ…」
『…………』
「そんなに泣くなら言えば良かっただろ」
そう言われればそうなのだけれど。アツヤの言う通り確かに伝えれば良かったけれど、士郎から感じとったあの意味を、言葉を、彼の口から直接聞くというのがすごく怖かった。だから言えなかったし言わなかった。
「まぁでも別に最後って訳じゃないしな。試合観に行けば会えるし、電話だって出来るしチャンスはいくらでもあんだろ」
そう言って泣いている私の背中をぽんっと叩いてくれた。
『…アツヤ、ありがとうね』
鼻をすすりながらそう言えば彼はひでぇ顔だと笑った。
『え、酷くない…?』
「いやマジだって。つか顔洗ってこいよ、その顔のまま外歩けねぇだろ?」
ほら、とアツヤが私をトイレへ行くように促す。気を遣わせてしまっているなぁ。何だかんだ優しいんだよねアツヤは。
行ってくる、そう言って私はトイレへ向かった。
アツヤはまだチャンスはあるって励ましてくれたけど、私にはあれが最後のチャンスだった。あの時を逃したらもうたぶん、士郎に想いを伝えることは出来ない。そんな気がした。
士郎は私の気持ちに気づいてたんだなぁ。その上で気づいてないフリをしていたんだ。想いを伝えることさえさせて貰えなかった。もしあの時に無理矢理伝えていたらと思うとぞっとする。
『きっついなぁ……』
そんな独り言が空港内に響いた気がした。






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士郎は先のことをちゃんと考えてるんだと思います。
続きは書くかもしれないし書かないかもしれない。この後どうなったかお好きに解釈して下さって構いません!

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