short

□力持ち
1ページ/1ページ


「 ナマエさんごめんなさい!ちょっと今からやらなくちゃいけないことがあって、」
申し訳ないんですけどドリンク運ぶの任せてもいいですか、と葵ちゃんは両手を合わせて私にそう言った。
そんな彼女に任せて、と頷く。
『みのりちゃんもいるし大丈夫!』
そう言う私に葵ちゃんはあ、とまた申し訳なさそうに水川さんは今黒岩監督の所に行っていて、と教えてくれた。
あぁ、そっか。それじゃ私ひとりでドリンク運ぶのか。出来る、かな…?
「あの、ほんとにひとりで大丈夫ですか? それ、結構重いと思うんですけど」
『大丈夫だよ。なんとかなるから!だから葵ちゃんは用事済ませてきて』
笑ってそう言うとすみませんそれじゃお願いします、と丁寧にお辞儀をして去っていった。いい子だなぁ。
ふと、目の前にある選手全員分のドリンクが入ったボックスを見る。
『…よし!がんばろ』
私は気合いを入れてドリンクボックスを持った。筋トレだよ筋トレ!




気合いを入れてもやっぱりこの量をひとりではきつかった。
途中で休憩を挟みながら歩く。腕が痛い……。
『あと少し…。』
あと少しで練習場に着く。がんばれ私。急げ私。早く運ばないと練習が始まっちゃうんだから。
1人でそんな風な声掛けをしながら歩いていると後ろから声をかけられた。
「 ミョウジ…?」
振り返るとそこには練習場に向かっている途中だろう井吹くんの姿。
顔を真っ赤にしながらドリンクを運ぶ私を不思議そうに見つめる。
『あ、ごめん。通行の邪魔だよね。
先に通っていいよ』
そう言って私は少しだけ横に避けて道を作る。
そこを井吹くんが歩き出した。と思えば私が持っていたドリンクボックスを取り上げた。え?まさか井吹くん喉乾いてるとか…!?
『あの、それ皆のだから…』
言うと彼ははぁ?という風に顔をしかめた。
「誰がこの量をひとりで全部飲むかよ。」
運んでやるって言ってんだよ、井吹くんはそう言ってゆっくり歩き出す。
まるで私の歩幅に合わせるかのように。
『ありがとうっ…!』
彼の前に回り込んで顔を見てそう言えば少し頬を赤く染めてそっぽを向いてしまった。
『井吹くんが照れてる…』
なんだか嬉しくなって笑っているとすぐに笑うな、と返ってきた。
『それ、重くない?』
「何言ってんだ。俺はお前と違って鍛えてんだからこんなの重いうちに入らねぇよ」
そう言う彼はとても軽々とドリンクの入ったボックスを運んでいる。
『かっこいいね』
私よりだいぶ背の高い井吹くんを見上げながら呟けば、それが聴こえていたのか井吹くんは自身の大きな手で私の目を隠してしまった。
え、なにこれ?前が見えない!
「うるさい。こっち見んな」
『いやいや、これじゃ前が見れなくて歩けないよ?転んじゃう…』
そう言えば転んじまえ、と言われた。
私なんか井吹くんのカンに障ること言ったかな?怒ってないか…?
『井吹くん、』
「何だ」
『早くドリンク運ばないと練習始まっちゃう』
言うと、視界に明るさが戻った。が、そこにさっきまで隣にいたはずの井吹くんの姿がなかった。
『あ…』
前を見ると井吹くんはだいぶ先を歩いていた。いや、走っていた。
やっぱり井吹くんはすごいなぁ。あんなに重いの持って走れるなんて。
私も練習に遅れる訳にはいかないと、井吹くんの後を追うように走った。





.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ