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□夢じゃない
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日が沈むのが早くなったこの季節、制服だけでは学校に行くのも我慢が出来ないくらい寒い。
私はマフラーをしっかり巻いて、ポケットにはカイロを入れて登校している。
『う〜、寒い……』
校舎に入っても先ほどまでの寒さが残っていた。
そりゃそうか。廊下にまで暖房器具置かないよね、普通は。
それにしてもなんでこんなに寒いのか。冬だからに決まっているけど。
そしてこんな寒い日に学校に来る理由が分からない。早く家に帰ってぬくぬくしたい!
『あ……』
教室の前の廊下に貴志部くんの姿を見つけた。
貴志部くんは登校したばかりなのか、バッグを持ったまま和泉くんと何やらお話をしていた。今日もカッコいいなぁ。
貴志部くんとは2年生で同じクラスになり、一目惚れしたけれどせぅかく同じクラスなのに私がビビりなせいであまり話せていない。
そんな私の唯一、勇気を出して貴志部くんに話しかけれる時間は週一である
クラスの委員長としての放課後の仕事。
二人とも推薦で決まった。
今思えばかなりラッキーな事だ。同じクラスなのになかなか話せない私にとって、二人きりで静かに作業をするその時がとても幸せな時間。今度委員の仕事があれば何を話そうかな…。
なんて考えながら廊下にいる貴志部くんを横目で気づかれないようにチラ見して教室に入る。
教室の中は軽く暖房が入っていて廊下より幾分も暖かった。
自分の席に座ると隣の総介がこちらを見てきた。
『…なに?』
そう問うと総介はニヤニヤしながら答えた。
「アイツ、好きなやついるってよ」
総介の言うアイツとは貴志部くんのことだ。
『え……』
あまりの衝撃に言葉が出なかった。
大ダメージ。急所にあたって瀕死寸前。
しかも2年になって一目惚れしたんだと、そうとどめを刺されて私は力なく机に突っ伏した。嘘だ…そんな、まさか。
2年になって一目惚れだなんて私と同じじゃんか。 そんなのってない…。
『…それ、いつ聞いたの?』
「昨日」
そう一言で答えた総介はまあ頑張れ、
と笑いながら肩を叩いて励ましてくれた。可哀想だと思われたのか、いつになく総介が優しい。
でもダメだ、心が折れました。







放課後、心がポッキリ折れた私に先生は追い討ちをかけた。
なんで今日に限って委員の仕事…。
夕日の射し込む教室には私と貴志部くんだけ。
この間行われたアンケートの集計をしている。
室内にシャープペンと紙の擦れる音だけが響く。
バレないように正面の貴志部くんをそっと盗み見た。あ、痛い。胸が痛い。
こんなに近くで見ていると余計に辛い。貴志部くんの好きな人って誰なんだろう。
「どうかしたの?」
『え、あ…』
視線に気づいたのか目があった。
「キツそうな顔してたけど…具合でも悪い?」
私は必死で誤魔化す台詞を考えた。
『違うよ…!えと、夕日が、眩しくて…!』
なんて言った後に後悔した。私って嘘つくのが下手だ、とても下手だ。
そんな下手な嘘に貴志部くんは簡単に騙された様で、今日天気良かったからねぇと窓の外を見た。
なんとなく、このまま無言に戻るのが嫌で、総介から聞いたことを聞いてみることにした。
『あの、貴志部くんって好きな人いるんだね…』
自分の気持ちを悟られないように少しだけ、明るく言ってみた。
「誰から聞いたの、ミョウジさん」
総介、言うと貴志部くんはちょっとだけ目を開いて驚いた。
「総介のことは、呼び捨て…なんだ」
『え、あぁ…うん?』
貴志部くんが眉を下げて笑う。
「ミョウジさんと総介って仲いいよね」
『そうかな? 1年生の頃からクラスが一緒だっただけなんだけど…』
って、私の話はどうでもいいんだ。
もう一度貴志部くんに問う。
『総介の言ってたことって、本当?』
貴志部くんはワンテンポ遅れてうん、と私の目を見て返事をした。
その時の照れた貴志部くんの顔を、私の知らない人を好きだと語るような瞳も見ていられなくて、ふいっと窓の外に視線を移した。
「ミョウジさんは…いないの? 好きな人とかさ…」
いるよ、私が好きなのは貴志部くんだよ。
なんて思っても言える訳がない。失恋確定しているのに。
…でも、後悔したくないからやっぱり気持ちだけは伝えたい。
『好きな人、いるよ』
そう言えば、貴志部くんは少し残念そうにして、意を決したように真剣な表情になった。力強い瞳にドキッと心臓が跳ねて一瞬、息が止まる。
「俺、実は…ミョウジさんのこと、ずっと好きだったんだ」
その言葉は予想もしない言葉で私は自分の耳を疑った。今私は何を聞いたのか。ドキドキと自分の心臓が脈打つ音だけが教室に響いてる様に感じる。
嘘だよ…。私は自分の頬をぎゅっとつねる。
その行動に貴志部くんが慌てた。
「え!? ど、どうしたの!?」
『…いや、夢かなって、』
言うと貴志部くんは吹き出した。
あれ…?突然奇行に走ったから笑われた…?
「あはは、可愛いことするね!」
私が呆然としていると貴志部くんははっとした。
「あ…、その、ごめん。
ミョウジさん、好きな人いるのにこんなこと言って……」
私は嬉しくて、声にならなくて、ただ首を横に振ることしかできなかった。貴志部くんの好きな人って私だったんだ…。そう意識すればする程みるみる顔に熱が集まっていく。
私も貴志部くんに好きだって言いたくて精一杯の勇気を振り絞った。
『私も、貴志部くんが好き…』
恥ずかしくて顔を見ては言えなかった。
しばらくシン、と静まり返った後、俺の…と貴志部くんがゆっくりと口を開いた。
「俺の方こそ夢みたいだ」
チラリと視線を移すと、彼は優しく、暖かな笑顔をしていた。
その表情は夕日に照らされていてとても眩しかった。



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