tns短編
□あの子が欲しい
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モブキャラのお話。
今まで、欲しい物は全て手に入れてきた。両親はとても優しく、僕の望むものを何でも揃えてくれたし、無茶な頼みだってきいてくれた。
まだ僕が幼い頃、テレビでみた1人の選手に心底憧れてしまい、彼が駆けているコートを自分のものにしたくなった。僕は両親に頼み、彼がテレビの中でしていた“テニス”を始めた。家の庭にテニスコートをつくらせ、専属コーチを雇い、僕はテニスの練習をしたのだ。
いくつかの年月が過ぎ、僕はコーチに負けないほど強くなった。コーチも僕を褒めてくれたし、両親もテニスをする僕を眺めて微笑んでいた。……なのに。
「俺様がキングだ!」
氷帝学園中等部にあがり、テニス部に入部した僕は跡部という男と出会った。僕の家は跡部グループの傘下で、僕は何度か彼をパーティーで見かけたことがあった。何度か会話を交わしたことがあったというのに、彼は僕のことを覚えていなかった。それに加え、自分が一番強く、自分がキング(部長)だと言い張る。だから、俺は制裁を与えてやろうと、先輩たちが倒れているテニスコートに足を踏み入れたんだ。
――――――――――――
「あのっ!」
数か月後、教室で読書をしていた僕の元に1人の生徒が訪れた。その生徒には見覚えがあった。
「僕を笑いに来たのかい?」
「え…、」
「君は、僕の後に跡部と試合をしたテニス部員だろう?」
オロオロしながら僕に話しかけてきた奴にそう問うてやると、少し目を丸くし、その後気まずそうに僕から目線を外した。
「意気込んでコートに入ったくせに、無様に負けた僕を笑いに来たんだろう?」
「そんな」
「いいんだよ、どうせテニスなんか暇つぶしだったんだ。もう二度としないよ、あんなスポーツ。それに…君たちだって跡部に負けたそうじゃないか。あんな奴の下でよくやっていこうと思えるね」
そう。僕はあの日跡部に負けた。かなり手を抜いていたであろう跡部を前に、一歩も動けなかったのだ。その時初めて、コーチが僕や両親に気に入られる為に手を抜き、わざと負けていたことを悟った。僕は大勢の前で恥をかき、その後を去ったのだ。あの日からラケットは握っていないし、家にあるテニスコートにだって立っていない。もちろんコーチは即刻解雇だ。
「…っ、て」
「?はっきりと言わないとわからないだろう。何と言ったんだい?」
「今言ったこと取り消してっ!!」
それまでオロオロとしていた目の前にいる奴が大きく声を張り上げた。教室の中にいた多くの生徒が、僕とソイツに注目する。…勘弁してくれよ、また僕に恥をかかせる気なのか。
「跡部くんは悪い人じゃないよ!そんなの負け惜しみにしか聞こえないんだから!」
「…そんなことを言いに来ただけかい?帰ってくれないか、迷惑だ」
「嫌だ!取り消すまで帰らない!跡部くんも岳人も亮ちゃんも、みんなプライド持って熱意持ってテニスやってるの!それを暇つぶしだとか“あんな”とか言うなっ!」
目の前で涙をボロボロと零しながら僕に訴えるソイツ。周りがざわつく。それに続いて廊下の方から黄色い声が聞こえてくる。もしかして、と眉間に皺を寄せていると、どんどんと黄色い声が近づく。
「おい、なに名前を泣かしてやがる」
僕の大嫌いな跡部の登場だ。
「知らないな。僕は何もしていない」
「アーン?」
「あ、跡部くん!私は大丈夫だから!」
ソイツは手に持っていたものを跡部に押し付け、チラリと俺を見るとその場を走り去った。…あれ、スカート?僕の後に跡部と試合をした2人組の1人だと思ったんだが、人違いだったようだ。
「おい」
「…まだ何か用が?」
「アイツはな、お前のことが心配だと言って俺にお前のクラスを尋ねてきたんだぞ」
彼女が俺に何の用があったんだろうか。…やはりあの時の試合を見ていて、僕を笑いに来たんだろう。跡部のことをかばっていたし、テニスをバカにした僕に食って掛かって来たし。
「お前、テニス部に入る気はないのか」
「はっ、無様に負けた上に大勢の前で恥をかかされた僕に入部しろと?」
「俺様は別にお前が入部しようとどうでもいいんだが…名前がな」
「…名前?」
「ああ。さっきまでここにいた女だよ。アイツはこの前のお前と俺の試合を見ていてな。絶対にお前はもっと強くなると聞かなくてな」
「僕が…強く、なる?」
「ま、そういうことだ」
そう言って跡部は、先程彼女が跡部に押し付けたものを僕に押し付けて去って行った。それは、僕がテニスを始めた時に両親からもらい大切にしていたリストバンドと、氷帝テニス部のジャージの入った紙袋だった。そして『頑張ってね』と書いてあるカード。
――――――――――――――――
「あ、」
「ん?どうしたんだよ…って、ああ向日たちか。知り合いなの?」
友人と下校途中、部活はないはずなのにテニスコートをかける2人組。その2人はよく似通った容姿をしている。不思議そうに眺めていた僕に気が付いたのか、友人は「あの2人双子なんだって」と教えてくれた。
「男の方は岳人でテニス部。女の方は名前ちゃんでよくテニス部の手伝いしてるらしいよ。名前ちゃんも趣味でテニスをするらしくて、部活ない日はよく岳人と一緒にしてるらしいぜ。今日は2人みたいだけど、いつもは宍戸や芥川も一緒にしてるって」
「テニス部…、名前……」
…なんて楽しそうにテニスをするんだろうか。なんて綺麗に笑うんだろうか。気付けば、僕は彼女をじっと見つめていた。すると彼女は僕に気付き、向日に断りをいれてこちらへと駆けてくる。
「あのっ…この前はごめんね、急に怒鳴っちゃって」
「…いや、僕こそ悪かったね」
「ううん、いいの。……あのリストバンド、貴方のだったんだよね?」
「ああ、そうだよ」
「ぐしゃぐしゃになって、所々破れてたから、勝手に洗って繕っちゃったんだけど」
「…ありがとう、でもなんで」
「え?だって大事なものだったんでしょ?…試合中も終わってからも、ずっと不安そうにリストバンド握ってたから。」
笑顔でそう言った彼女は、本当にこの世のものなのかと疑いたくなるほどに美しかった。遠くで彼女を呼ぶ声が聞こえる。もちろん彼女にも聞こえていたようで、岳人が呼んでるから、と言って僕に背を向けた。しかし、振り返って僕に微笑み、こう言った。
「貴方も本当はテニス好きなんでしょ?みんないい人だし、私も貴方のテニスもっと見てみたいから…よかったら部活きてね!…最初は見学でもいいから」
またね、と言って今度こそ彼女はコートで待つ3人組の元へと走って行った。合流すると、4人で寄り添って帰り始めた。
「あー…宍戸と芥川のこと待ってたんだな向日たち。本当に仲良いな、アイツら」
友人の声が耳に届かないくらいに、僕は彼女のことを見つめていた。…待ってて、必ず君に並べるくらいに強くなってみせるから。さて、明日の放課後はテニスコートへ向かおうか。
あの子が欲しい
(跡部、やっぱり僕もテニス部に入部するよ)
(アーン?どういう風の吹き回しだ。)
(うん、ちょっと…欲しいものが出来たからね)
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