劣等感

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「いいじゃーん、俺たちと遊ぼうよ」
「人を待ってるんです、って言ってるでしょ」

…ったく、面倒くせぇのをみつけちまいやしたねぃ。

俺は町への巡回という名のサボりへ出かけていた。するとガラの悪いのに絡まれている女を見つけちまって、…一応俺も警察だからな。

「はいはい、じゃあお兄さんと遊んでくれるかなあー。」
「な!真選組沖田!?」

棒読みで近付いて行くと男たちは俺を知っていた様子で、青褪めた顔をしてすぐに逃げていき、女は大きくため息を吐いた。溜息を吐きたいのは俺の方だ畜生。

「助かりましたおまわりさん、それでは私はこれで」
「まあ待て、その左手に隠したものを出してからにしてくだせぇ」

女の顔には“さいあく”とはっきり書いてあった。最悪なのはこっちだ。着物に小太刀を忍ばせナンパ野郎に殺気を出すような女を拾っちまうとは面倒なことこの上ない。

「これは護身用なの。兄上がこれを持たないと家から出してくれないのよ。」
「ほう。随分過保護な兄貴ですねぃ」

俺の言葉にバカにされていると思ったのか、女は下から俺を見上げ思い切り睨み付けた。

「じゃあ護身用にこんなものを持たなくても、誰しもが何事もなく平和に暮らせるように、あなたたちがもっと真面目に仕事したらいいんじゃないの?」

こいつ…。生意気だな。

「はい。おまわりさんを酷く傷つけた罪で逮捕ぉ。屯所までご同行願いますぜ」
「はぁ?バッカじゃないの」

おーいおいおい、とわざとらしい泣き真似をする俺を冷ややかな目で見る女の腰を抱き、近くを回っているであろう隊員に連絡しパトカーを回す様に指示を出す。

「…なんなの、この手は」

女は自分の腰に回る手に引き攣った笑みを浮かべる。

「嫌がらせに決まってるだろ」
「斬りおとしてやろうかしら」
「やれるもんならやってみろ」

表面上はにこやかな笑みを浮かべ、寄り添って言い合う俺たちに回りが生暖かい目を向けてくる。これ絶対勘違いされてますねぃ。

女もそれを感じたのか、するりと俺の手を抜け出し距離をとる。去ってしまおうとする彼女を止めようと手を伸ばすがすぐに下ろした。

…別に怪我させてわけでもないしな。ただ小太刀を持ってたってだけ。きっとこの街には彼女と同じく護身用としてそれを持つ女も少なくは無いだろう。ただ生意気だから痛めつけてやろうかと屯所に連れ帰ろうとしただけだし、逃げたいなら逃げればいい。なにより面倒くせぇ。

パトカーが来るのを待って、そろそろ帰るか。

「真選組一番隊隊長、沖田総悟とお見受けする。」
「はぁ?」

今日は厄日なのか。声のする方を振り返ると、そこにいたのはおそらく攘夷志士であろう。主格であろう男が指示をしたのか、先程の女が羽交い絞めにされている。

「この女がどうなってもいいのか」

…なんてほざかれても。別に俺その女と関係ねぇし。女は俺のやる気のなさそうな顔を見てさっきのように俺を睨み付けた。睨みたいのはこっちでぃ、どんだけ面倒くせぇことを引き寄せやがるこの女。

「…おじさんたち攘夷志士?」
「それがどうした」

突然の女の声、それも怖がってもいない、ただ純粋な質問のような声に男が答える。

「こんなワンコちゃん殺って満足なの?」

女のその言葉に俺を含めたその場の全員が凍りついた。

「おい女ぁ、誰がワンコちゃんだって?」
「アンタのことだけど、沖田総悟。」

女の返事に口元が引き攣るのを感じた。幕府の犬、そう言われることはあっても、こんな馬鹿にする言葉で呼ばれたのは初めてだった。一応助けてやるかと考えているところにこの言葉、助ける心もなくなるってんでぃ。

「あの…お嬢ちゃん?」

俺に助けを求めない女に、男たちも目が点になっている。

「だっておじさんたちもそう思わない?こんな子供、ワンコちゃんで十分よ」
「俺がワンコならお前は芋虫くらいだな」
「はぁ?私は人間だから」

ヒートアップしていく俺たちに攘夷志士はタジタジ。いつの間にか彼女を拘束する男の力も緩み、女にもそれがわかったのか背後の男を蹴り飛ばし、一瞬にして主格の男の顔の目の前に小太刀を寸止めした。

「でも、おじさん達さ。攘夷語ってるんなら、人質とるとか無勢に多勢とか辞めた方がいいよ?格好悪い」
「っ、なんだとこの小娘!」
「そこから一歩でも動いたら、自分が傷付くことを忘れないで」
「うるさい!小娘、お前を先に」

殺してやる、とでも続くのだっただろうか。それは俺にも、誰にもわからない。なぜなら、主格の男に刃を向けられ刀を手に女に踏み込んだその場にいた攘夷志士全員がその場に倒れてしまったのだから。それは血塗れで、もうその口が言葉を紡ぐことは無い。

「……あーあ、この着物気に入ってたのになぁ」

そう呟いた女は、最初見た時に思った通り、虫一匹でさえも殺せぬような町娘、そう見えるのに。この惨劇は彼女が1人で作り出したものだと再認識すると、背筋を何とも言えない興奮と恐怖が駆け巡るのを感じた。

「お面をつけていない時は人を殺すなって、兄上の言いつけなのに」

せっかくお土産買って仲直りしようとおもったんだけど、とぶつぶつ言っている彼女はどこからどうみても普通の女の子なのに。そんな彼女の淡い桃色の着物はべっとりと血で汚れている。

「さて。」

そう言って振り返った女は、綺麗な顔をして笑いながら俺に近付いてくる。情けないことに、俺は足も手も、少しも動かせず彼女が目の前に来るのをただ待つしかなかった。

「もしも再会したときは、君もこうなるからね、沖田総悟」

名を呼ばれた瞬間、身体に強い衝撃が走る。立っていられなくなり、その場に膝をつき倒れ込む。

声も出せず動くことも出来ず、ただ薄れゆく意識のなか、彼女の足音が遠ざかるその音だけが耳に届いていた。




「はぁ…すぐ行く」

巡回中の隊士から連絡があり、俺は現場に急ぐ。どうやら町で攘夷志士の死体があがったらしい。その近くに気絶している総悟の姿もあるとのことだ。取り敢えず詳しいことは総悟に訊くとしよう。

現場に到着すると、少し申し訳なさそうな総悟が出迎えた。

「総悟、怪我は」
「ありやせん。俺は彼女に手刀で気絶させられたみたいでさぁ」

確かに外傷は無い。駆けつけた救急隊によると問題無いからこのまま仕事をしても大丈夫とのことだ。

総悟は現行犯を取り逃がしたと一応反省をしている様だが、きっと相手が悪かったのだろう。話を聞けば、犯人は総悟の目の前で攘夷志士を一瞬にして殺してしまったらしい。あの総悟が放心するほどの手捌きで、だ。転がる死体は8人、その女は一斉に斬りかかってきた男共を一瞬にして亡き者にしたというのか…。それにしても、

「土方さん、この手口、」
「ああ。最近起こっている幕府上官襲撃の手口とそっくりだな」

最近幕府の上官が数人で宴を開いている最中にその場へ侵入し、その場にいた者を皆殺しにする事件が続いていた。その部屋にいた者全員だ。真選組もその数件の事件を捜査していたが、一向に犯人らしき人物があがってきていなかったのだ。

「ふくちょー!」

同一犯だろうか、と総悟と話をしていると、あの晩から攘夷志士の集まりで“彼女”について調べていた山崎が合流した。

「例の女について、情報入手しました」
「よくやった」
「例の女?」

俺と山崎の会話を聞き不思議そうにする総悟も連れ、俺たちはゆっくりと話す為現場を他の隊員に任せ屯所へと戻ることにした。




「鬼兵隊に女がねぇ…」

屯所へ戻り、あの晩のことについてざっと相互に説明すると、口元に笑みを浮かべなんだか楽しそうな表情をしてやがる。

「俺がさっき目撃した女がそうかもしれやせんね」
「…まあ先に山崎の報告を聞こう」
「はいよ」

きっとそう思っているのは総悟だけではない。俺だって山崎だって、もしかして、と疑っているのだ。そして幕府上官襲撃の犯人も。

「その女、血を思わせるような真紅の着物を身に纏い、顔が見えぬよう狐の面を被る。彼女の名は、…高杉姫仍。黒く艶やかな髪を靡かせ、風のように剣を振るい、女の通った道には惨い亡骸しか残らないという。」

山崎は静かに語った。真紅の着物に狐の面、か…。

「そう言えば俺がさっき会った女も『お面をつけていない時は人を殺すなって、兄上の言いつけなのに』って言ってやした。」

総悟のその言葉に思わず息をのむ。もし総悟が出会った女がそいつであれば、さっきの惨劇を作り出したのは鬼兵隊の高杉姫仍であり、連日起こっている幕府上官襲撃事件の犯人も…鬼兵隊の高杉姫仍である可能性が高い。

「高杉姫仍は自分の顔が幕府や世間に知られない為に狐の面を被り、念の為現場に居た者全てを殺すよう兄である高杉からいいつけられているようです。」
「だから今まで高杉に妹がいて、それが鬼兵隊の一員だってことに気付けなかったわけですねぃ」

山崎と総悟の話に何故か違和感が生じ、腕を組む。…そうだ。

「変じゃねぇか?」
「何がですかぃ」
「殺しの現場に居たお前らは生きている。」

俺の言葉に2人は、確かにと首を傾げる。山崎の報告によれば極悪非道な女に聞こえるが。話を聞けば、2人は刀を向けられてすらいない。彼女にはコイツらを殺す意思が全く無かったと言っていいだろう。

「総悟の事をしっていったのにわざわざ目の前で人を殺した、その心情も理解できねぇ。」

何故真選組だとわかっていて目の前で犯罪を起こしたんだ。しかも素顔で、だ。高杉姫仍…、一体何を考えている…?


 

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