劣等感

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「はぁ…」

大きく溜息を吐く。僕は困っていた。何をかと言えば、この重たい荷物を如何にして持つかを、だ。

「神楽ちゃんがいるからと思って沢山買ったんだけどな」

いつまでもグータラしている銀さんをおいて、僕と神楽ちゃんは先日貰った依頼料を元に買い出しに来たんだけど…。あれもいるこれもいると言う神楽ちゃんに、荷物を半分持つことを約束してもらって1週間分ほどの買い物をしたのに。

「神楽ちゃんたら酢昆布だけ持って遊びに行っちゃうんだもんな」

せめて定春だけでも待ってくれていたら、申し訳ないけど背中に荷物を乗せるのに。彼まで神楽ちゃんについて遊びに行ったらしい。

「…はあ、考えたって全部僕が持つほかに解決方法は」
「じゃあ私が持ってあげるよ」
「うわあああ!」

何度目かの溜息を吐き仕方ないと荷物を全部持とうとした時、ひょいと視界に入り込んだ人物に僕は思わず大きく悲鳴をあげてしまった。彼女はそんな僕に驚いたのか目を丸くしクスクスと笑ったが、僕はそれどころではない。火事場の馬鹿力と言うのはこれのことか、おそらく違うだろうけど、僕は躊躇していた荷物を片手に全て持ち、もう片方の手で彼女の手首を掴んで路地裏へ引き込んだ。

「きゃあ新八くんたら大胆」
「そんな格好した人と往来で話せる程僕度胸ないからぁぁあ!」

からかう様に笑い続ける彼女にツッコミをいれ、安いからと神楽ちゃんに強請られたバスタオルを彼女の頭から被せた。彼女が纏う赤色が彼女のものでないと確認することも忘れずに。

「…ふふ、相変わらず優しいのね。」
「あなたは相変わらず厄介な人ですね、姫仍さん。」

彼女は姫仍さん。おっとりと人当たりの良さそうな顔をして笑う、僕の周りにはいないタイプの優しい女の人で美人だ、……一見は。

「ったく、僕に会うまでその格好で町を歩いていたんですか。」
「いや!ちゃんと路地裏を歩いていたよ?」
「それはそれで逆に危ないですよ!」
「私にそれ言う?」
「…いえ、撤回します。血塗れでいつも通り笑うあなたには必要の無い心配でした。」
「でしょう?」

僕の言葉にも変わらない笑顔を浮かべ、満足そうな姫仍さん。確かに姫仍さんには久しぶりに会ったし、神出鬼没だから悲鳴を上げるのもいつものことだけど。今日僕が彼女を見て悲鳴をあげ、かつ路地裏へ引き込んだのは、彼女の淡い桃色の着物が真っ赤な血でベッタリと濡れていたからだ。人目に付かない為とはいえ、そんな格好で路地裏を歩いてきただなんて、攘夷志士とかに絡まれたらどうするつもりだったんだ、なんて心配したのは一瞬で、彼女はそこんじょそこらの攘夷志士に好きにされるような人ではなかったことを思い出した。

「ここから新八くんの家近かったよね?」
「は?ええ、近いですけど。」
「この着物もう着ていられないし、今日新しいの買ったから着替えたいんだけど」

彼女の言葉に少し荷物を持ってもらうことを交換条件にして、万事屋でなくまず僕の家を目指すことにした。



初めて会った時も、彼女は血に濡れていた。

「どこか怪我しているんですか!?」
「え?」
「酷い血だ…、僕の家近いんで手当させてください!」

待って、違う、という彼女の声は僕には届かず、僕は彼女の腕を掴んで急いで家に連れて行ってしまった。そして手当をしようとすると、彼女の着物を濡らす赤は彼女のものでなく、全てが返り血であった。

「…だから言ったのに」
「本当にすみません!」

困ったように笑う彼女の顔を見たのはそれが初めてだった。初めは夥しい赤にしか目が行かず、家に着くまで顔を見ていなかった。

「返り血、って…」
「ああ、さっきまでこれ…振り回していたからね」

そう言って彼女が取り出したのは小太刀で、背筋を悪寒が走って行くが、それを手にした彼女の顔は穏やかで、とても人を殺める事が出来る人には見えなかった。そう言ってしまえば、さっちゃんさんや月詠さんもなんだけど。

「ありがとうね」
「え?」
「血塗れでいても心配してくれる人なんていないから。…懐かしかった。」

そう言った彼女の笑顔は儚くて、僕はついさっき初めて会った彼女の手を握り、言ってしまったんだ。

「僕がいつでも心配するよ」
「…どうして」
「なんか、放っておけないんだ、君のこと。僕の知っている人に、似ている気がして」

そう、どこか彼と似ているんだ。全部を自分ひとりで背負って、僕らを守ってくれる僕らの大将に。きっと。だから。彼女の事を放っておけないんだ。

「……私は姫仍。」
「僕は新八です。」
「新八くん」
「はい」
「私の……友達に、なってくれる?」

そう尋ねた彼女は不安そうに目を伏せていて、友達少ないのかな、なんて失礼なことも考えてしまったがそれも一瞬で。

「勿論ですよ、姫仍さん」

気が付いたら笑顔でそう答えていた。




姫仍さんを家に連れ帰り、彼女が着替え、その後約束通り万事屋の近くまで荷物を持ってくれ、僕たちは通りを歩いていた。

「珍しいですね」
「なにが?」
「濃い色の着物。」

ふと目に入ったのは彼女の着物。姫仍さんはいつも淡い色の着物を好んで購入し、身に着けているイメージだったのに、今着替えた着物は綺麗な濃紺だ。

「ああ…今日みたいな事があった時、こっちの方が血の色が目立たないかなあと。」
「結局そこかよ」

思わず突っ込んでしまい、また彼女がクスクスと笑う。…実を言うと、僕は彼女が人を殺すと信じることが未だに出来ないでいる。だって僕は彼女が人を殺すシーンを直接見たわけではない。

「しんぱちーっ!」

自分の名を呼ぶ声に振り返ると、そこに居たのは公園から出てきた神楽ちゃんだった。

「神楽ちゃん、荷物持つ約束したのにどうして先に遊びに行っちゃうの、ダメでしょ。」
「うるせー、ばばあ。」
「ちょっとぉぉお!百歩譲っても性別だけは変えないでくれますか!?」
「…新八くん、ツッコむところそこじゃないと思う」

そんなに母親っぽかったか?ああ?なんて考えていると、目の前の神楽ちゃんが僕の横にいる姫仍さんをじっと見つめていることに気が付いた。

「新八、このおねーさんは誰アルか?」
「ああ、僕の友達。姫仍さん、この子は」

神楽ちゃんの事を紹介しようと彼女を見ると、彼女は僕の見たことのない冷たい目で神楽ちゃんを見下ろしていた。まるで殺気の籠った、射殺すような目だ。

「ねえ、あなた夜兎?」
「……それが何ヨ」

姫仍さんの言葉に神楽ちゃんも眉を顰めて挑発的に睨みあげる。

「…でも、何か違うわね。アイツとは何もかもが」

誰かと比べているのか、“アイツ”と呟いた声には憎しみが籠っているのが伝わってくるけど、神楽ちゃんを見る目が少し和らいだ気がした。





公園で遊んでいたら一緒に買い物に行った新八がごっさ綺麗なお姉さんを連れてた。だから話しかけたら、そのお姉さん、それまで新八とすごくかわいい顔して笑い合ってたのに私には冷たい目をしてきたアル。少し殺気を伴う目、戦場で対峙したときのような目をしてた。

「あなた兄弟はいる?」
「………兄貴がいるアル、それが何ネ」

私の答えに、やっぱり、と笑った。

「あなたは、あの馬鹿みたいに血で闘わないのね」

そう言ってお姉さんはふわりと笑った。その横で新八がホっとした顔をして、お姉さんのことを紹介してくれた。

「神楽ちゃん、彼女は僕の友達の姫仍さん」
「姫仍です、よろしくね神楽ちゃん」
「っ、よろしくアル!姫仍!」

この日私は、何故かバカ兄貴と面識があって、きっとバカ兄貴を嫌っているであろう、鋭い殺気を生み出せる綺麗なお姉さん、姫仍と友達になった。

新八と私が合流し、荷物を持つ必要がなくなった姫仍は「それじゃあまたね」とあっという間に姿を消した。その呆気なさに寂しさを感じていると、「いつもああなんだ」と新八が宥める様に頭を撫でるのでとりあえず一発殴っておいた。



  

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