短編2

□誰も知らない
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『10分後 いつもの場所』


丸井君がこっそり渡してきた紙切れに書いてあったのは、それだけだった。
疲れてぐったりしてた体が急激に力を取り戻す。
鼓動が早くなる。
体の隅々まで不思議な活力で満たされる。

俺は周りを見渡して、怪しまれないようにそっと休憩室を抜け出した。


きつい練習メニューがようやく終わって、夕食後の自由時間をみんな思い思いに過ごしている。
この中の誰一人として、これから俺がどこへ何しに行くのかを知らない。


誰も知らない、俺たちの秘密。

俺と丸井君だけが知っている秘め事。


「ジロー、どこに行くんだ」


廊下を急ぎ足で歩いていると、後ろから跡部が声をかけてきた。
厄介な奴に見つかっちゃったな。

跡部はこれからまだ自主トレをするつもりらしく、ジャージ姿でラケットを携えている。


「もう寝る」

「そっちはお前の部屋じゃねえだろ」


あぁもう、うるさいなぁ。お母さんじゃあるまいし。
早くしないと丸井君との待ち合わせに間に合わないよ。


「……あっちの自販機。寝る前に飲み物買おうと思って」

「そうか。おかしな場所で寝るんじゃねーぞ」

「わかってるよ」


俺は跡部に背を向けて再び歩き出した。
駆け出したいくらいに気は急いていたけど、これ以上怪しまれるわけにはいかないのでわざとのんびり歩く。

そして、もう大丈夫だろうというところまで来てから一気にダッシュした。


目指すは南館の、カフェの近くにあるトイレ。
日中はたくさんの人が利用するけれど、カフェの営業時間が終わってしまえば明日の朝に掃除のおばちゃんが来るまで誰も出入りしない。

そこで丸井君が待っている。

早く、早く。
一刻も早く辿り着きたい。
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