短編*

□キミガタメ
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君が為 惜しからざりし 命さへ
  長くもがなと 思ひけるかな
    藤原義孝








「ジャッポーネの本は変ですねー……」

ベッドサイドでごろん、と寝転がり本を読んでいたフランは、はぁと息を吐いた。

「……暇、ですー」

今すぐにでも、心に描いた人の所に行きたいのだが、暇だからってすぐ行くのは……

「なんか癪なんですよねー……」

こっちばっかり構って欲しいみたいで。
こっちばっかりが好きみたいで。
仮にも【恋人】なのに。

ドアからノック音が聞こえた。

「はいー」

そこに現れたのは望んでいた人ではなくて。

「な……で、居るん、です?」




何年間も顔を見なかった

自分の母親だった。






「フランじゃない」

ことさらゆっくりと言うような口調が怖かった。

「どうしてこんな所に居るの?
帰りましょう、家に」

「今、さら……
そんなこと出来るわけ……」

「何故?
早く、帰るのよ」

「や、め……」


その握られた手からナイフが出てきそうな気がして、怖かった。
その肩掛けバックから銃が出てきそうで、怖かった。

大丈夫、自分はもう幼くない。
こんな素人に殺されるわけがない、はず。

だが母親の微笑みは眼が濁っていて、冷酷で、金縛りのように動けない。

今までの経験で培(つちか)った勘が、警告をしている。

幼い頃に骨の髄まで叩きつけられた恐怖が、どうしても抜けない。


冷や汗を浮かべて黙った息子を見て、軽蔑したように続けた。

「あんたは私の道具として産んだのよ。
私がいなきゃあんたは産まれなかったの!!
そんくらい分かれよ、ん?」

「止めて、くださ……」

「じゃあさっさと帰んなさいよ!!」


帰ったらまた、地獄の生活に戻ることは明らかだった。
焼きごてを当てられた脇腹が疼く。

「帰って……下さい!!」

「うそ、それが母親に言う台詞かよ」


ふん、と鼻を鳴らすと彼女は続けた。

「フランちゃん、親孝行して貰うのに丁度良いの見つかったの」

「……何ですか」

「これ、これに署名してくれたら帰省は諦めるわよ」

少し希望の光りが射した気がしたが、書類を見て絶句した。

「こ、れ……」

「なんでも良いでしょ?
ほら、早く!!」

「ダメです……これ、だって」


それはローン、つまり借金の書類で、フランの署名を求められている所には【連帯保証人】と書いてあった。


「ほら、早く!!」

「でも……」

こんなものに署名したら借金生活になってしまう、咄嗟にそう思った。
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