Present
□オネエチャンの真意。
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私は、実の姉が苦手だ。
二つ年上の姉は、私にも家族にも興味がないようで、私がなにを話しかけても、なにをしたって興味ないと目で語り掛けてくる。小学生のころは、歳の近い姉の気を引きたくてことあるごとになにかを仕掛けていたのだけれど、中学に上がりようやく姉の視界に自分が入っていないことを理解した。
そこからの反動は大きく、学校ではもちろん、家にいるときも、一緒にご飯を食べているときも、口をきくことをしなかった。最初の頃は怪訝な顔で私を見ていた母も、どちらも困ってないようだからと、なにも言ってこなかった。
姉は美人だ。
校内で有名になるくらいには、容姿端麗だ。
中学に入学してしばらく、私のクラスはまるで動物園の折の中のようだった。二年や三年の生徒たちが、校内で有名な美人の妹を、一目見ようとやってくるからだ。そして皆、決まったようにこう言う。
「妹? あれが?」
あの美人な姉の妹が、こんなに普通なのかと、一様に眉を顰められた。
ああ、中学生活終わったな。と理解したのは、入学式から三日目のことだった。
そうしてようやく客寄せパンダ状態から解放され、クラス内が打ち解け始めた五月ごろ。とある馬鹿が言い出した。
「おい、姉ちゃん美人なのに、なんでお前ソンナンなんだよ」
ソンナン、が何を指すのかはっきり口に出されてはいないのに、どこかからクスクスと笑声が漏れ聞こえてきた。
始まったな。
そう思った。
「ほんっと、同情するわ〜。あ、お前じゃねえよ? お前みたいな妹持った姉ちゃんに、だかんな?」
今度の笑声が、隠されることはなかった。
隣で友達の実姫(みき)が、「やめなよ」と眉を顰めても、馬鹿な馬鹿に届くことはない。ともすればその馬鹿は、自分の発言のおかげで教室内が盛り上がってる、とさえ勘違いしている。
「なにか文句あるなら聞きますよぉ〜?」
ニヤニヤニヤニヤと、馬鹿。
「実姫ちゃん、行こう」
そう声をかけてから、自分のお弁当と実姫ちゃんのお弁当をひったくるように持って、教室の扉へと早足で向かう。
もちろん、馬鹿はほざく。
「あれれ〜? 図星さされて逃亡ですか!」
まったく面白味のない言葉に、まったく面白味のない口調に、まったく面白味のない存在。そしてそれは、私も同じ。そんな同等の存在に、どうして同情されなければならないのか。
私は振り返って、馬鹿を見た。
「そもそも……図星ってなに? 私は何に対して図星をさされたの? 私は今まで、君に同情しかされていない。私がこの教室を出るのは、君がうるさいからだ」
言うだけ言って、教室を出た。
たぶん、それが、悪かった。
以降、<盛り上げ>と称して馬鹿は私を罵ることが多くなった。いじめだ、と言えば<いじり>だと、<まわり>が言う。いじりなんだから、大目に見てやれと。普通は逆だろう。いじられる方が、度の過ぎたいじりを行う人間を、自ら大目に見てやるものだ。
それでも私は我慢した。家で告げることも、先生に告げることもしない。大目に見てやっているのではなく、これはただの意地だ。
苦手な姉のせいで、自分の弱さをさらけ出したくなんかしたくない。
<苦手な姉に負ける>ようなことなんてしたくない。
大体、どうせ伝えたところで、あの姉はなにか感じたりなにを言ったりもするはずがない。
だから私は我慢した。
耐えて、耐えて、耐え抜いて、とうとう耐えられなくなったのは――、
「おい! お前ムカつくんだよ!」
馬鹿のほうだった。
学校の図書室の扉の前で、馬鹿と目が合ったのが運のつき、とでも言おうか。
馬鹿はいつもの同(おな)クラのメンバーではなく、他のクラスの友達と一緒だった。そのせいか、彼らに見せつけるように、私を<いじり>始めたのだ。しかし、聞きはすれど無視を続ける私に延々と寄越す<いじり>の言葉に耐えられなくなったのか、「よせよ」と彼らの中の一人が馬鹿に言うと、途端に馬鹿は顔を真っ赤にして怒鳴り始めた。
「おい! お前ムカつくんだよ! いつもスカした顔しやがって! 本当は俺の言うことに腹立ってるくせに! 言っとくけどお前は姉ちゃんと違ってブスなんだからな! ブスはブスなりにこそこそしてりゃあいいんだよ!」
「そんな言い方って!」
「実姫ちゃん、やめて」
一緒にいる実姫ちゃんまで、被害にあってほしくない。
拳を固く握りながら、実姫ちゃんを止めた。
「お前、姉ちゃんの上にまだ姉ちゃんいるんだってな?」
唇を噛む。
「弁護士って言うじゃん? 姉ちゃんもその上の姉ちゃんも<頭イイ>のに、お前普通っつーか、弱いじゃん? お前本当に妹なわけ?」
――姉って呼ばないでくれる?
「……さい」
「ってか、お前の姉ちゃん、毎日毎日市役所と図書館で見んだけど! 超きめぇ!」
「……るさい」
「あ? なんつった?」
「うるさい! 私だって、好きで妹なわけじゃ」
ないんだ、とは続けられなかった。
意思のせいではなく、情のせいでもなく、ただ単に図書室の扉が勢いよく開いたから、という第三者の介入があったせいだ。
誰だ、こんなときに!
邪魔なのは自分たちだというのに、私は不発した感情の矛先を、扉を開けた人物に向けた。
瞬間、私の感情が、凍り付いた。
「……君たち、ここがどこの扉の前かわかってる?」