Present

□Top secret.
1ページ/2ページ

 あの三人を見ていて、無性に苛立つことがあった。
 仲睦まじくすごす二人を、側にいるのに遠く離れて見守るエル。その瞳は、見ているこちらが切なくなるほどのものなのに、諦めが混じっていた。
 その瞳にも。
 気がつかない二人にも。
 三人を取り巻く空気にさえも。
 無性に、苛立った。
 幸い――と言っていいのかはわからないけれど――エルはその境遇から人と壁を作っていて、互いになにか用事がない限りは言葉を交わすことはなく、しかし騎士団長と魔道師を同時に必要とする用事など滅多に――少なくとも知る限りは――なかった。
 そんな日々が続く、否、終わらないのだろうと思っていた。姫に呪いがかけられたと聞かされるまでは。
 エルは姫が呪いをかけられたと知ったとき、いったいどう思ったのだろうか。心配ではなく、好奇心でもなく、不安でもなく、同情でもなく、疑問ですらなく、ただぼんやりとそう思った。
 姫の呪いを解く方法は、数少ない人間にだけ伝えられた。王宮騎士団の、ひいては国の騎士たちの頂点に立つ騎士団長にも当然伝えられる。

(呪いを解くのに、魔導師の命が必要!?)

 婚約者のフォーンが姫の呪いを解くのは当然だ。けれど、どうしてエルが命をかけなければならないのだろう。
 こんなひどいことがあっていいのか。
 こんなむごいことが、あっていいのか。
 けれど、表情には出さなかった。
 呪いを解くのになんの役にも立てない人間が、口を出していいようなことではないのだから。
 こんなにも自分の無力さを思い知ったのは、多くの部下を失った戦以来初めてだった。


 ・〜・〜・〜・〜・〜・


 二つ目だか三つ目だか知らないが、どこぞの封印を解いて二人が帰ってきた。出迎えようと思ったわけではなく、たまたま散歩中に二人を見かけたのだ。

(……へ?)

 両腕に抱えていた菓子――厨房から無言でいただいたもの――をすべて落とした。
 エルがフォーンに抱えられている。
 捻挫でもしたのかもしれない。
 今はそんな理由などどうでもいい。
 なぜ、
 俗にいう、
 お姫様、
 だっこ、
 なのか。
 あまりの衝撃に動くことができず、そのまま二人を見送ってしまった。動き出せたのはそれからしばらくしてからだ。長くはなかったけれど、決して短くはない時間だった。




「団長」

 独断で休憩を延長して昼寝場所を探していると、フォーンに声をかけられた。頬が引きつってしまったが、気づかれなかったようだ。

「訓練はどうされたんですか?」

 もしかしたら、気づかれなかったわけではなく、引きつった理由をサボった――休憩を延長したことがバレたからだと勘違いしたのかもしれない。

「ねー、フォーン。さっきお前たちを見かけたんだけど、エル怪我でもしたのー?」

 真正面から疑問をぶつけることにした。フォーンは地位や評判によらず、鈍感なところがあるので遠まわしに聞き出すよりも早いし、信頼している者からの言葉だと裏を読むことをしない。騎士団長としては指導しなければと思うものの、利用できるものを利用するのが騎士団長だ。

「足が動かないそうです」

「なーるほど、それであんなことになってたんだねー」

 原因がわかれば理由もわかる。なんとなく安堵した自分の気持ちを不思議に思いながらも、同時に浮かんだ苦々しさに頭をかいた。
 いつの間に、自分はこんなに善人になったのか。

「お前さー、姫っていう大層なご身分の婚約者がいるんだから、いくら幼馴染で男だっていっても、お姫(ひめ)抱っこはやめたほうがいーよー」

 一瞬だけ、フォーンの表情が曇った。

「ほら、ずいぶん前に技術部隊が車椅子作ってたでしょ? あれ、俺の名前出せばすぐに貸してくれると思うから」

「しかし……」

「シカシもカカシもないよー。お前、ずっと抱えてるつもり? きっとエルは足が動かなかろうがなんとかして行くだろうけど……」

 エルは以前、怪我をしたらしい自分の足に魔の力を使っていた。それをフォーンは知らないらしく、隠しているのならわざわざいうこともないだろうと、知らないふりをしていたのだけれど。
 なぜ、今回もそうしなかったのだろう。

「団長?」

 かけられた声に我に返る。

「とにかく、それでなくともエルは周りからよく思われていないんだから、あまり目立つようなことはしないこと!」

 いいね? と念を押せば、フォーンは渋々と言ったようすで頷いた。

(よく思われていない……ね)

 心なしか落ち込んでいるように見える技術部隊へ向かうフォーンの背中を、見送りながら考える。

(くだらない)

 王宮付の魔導師を魔の者だと蔑むのは、大きく矛盾している。

(俺からすれば、ソッチのほうが魔の者だ)

 なにもしない自分も、それはもれなく。
 抱えた菓子を一口かじる。甘いはずの菓子は、少し苦かった。

「しっかし……ライバルにお姫抱っこされるっていうのは、いくら諦めてるからっていったって、男として傷つくよね〜」

 もうすでに姿は見えなかったけれど、フォーンへ向けて呆れの混じった溜息をついた。




 声が聞こえた。夜の散歩をしていたところに、月夜とは不似合いな声だ。

(だれか叫んでる?)

 王宮で。
 まさか。
 空耳だろうと、散歩を続行して間もなく、知った影を見つけた。

「あれ? エル、なにしてんのー?」

 車椅子に乗ったエルが、使用人の住む棟への回廊にいた。
 靴音のせいかすでにこちらを振り返っていたエルは、少し驚いたような表情で固まっている。

(わあ……露骨だー)

 近づいて声をかければ、殴られかけた。

(警戒するのはわかるけどー)

 普段王宮で、フォーンと姫以外に声をかけられはしないだろうが、そんなに驚く様を見せるほどでもないだろう。
 わざとらしく拗ねてみたもののエルはどこか呆然としたまま、何度も会っているはずの男の名前を口にした。

「オルボー・ウォンリ」

 まるで幽霊でも見たような顔だ。
 あまり大丈夫に見えなかったけれど本人が大丈夫というので、替わりに何故こんなところにいるのかを聞くことにした。先にある場所に、目的があるとは到底思えない。

「迷子になってしまいました。もしよろしければ、わたしを部屋まで連れていってくれませんか……?」

(……エル?)

 どこかおかしいと思った。けれど特に追及はせず、要望通りに部屋へ連れて行くことにした。
 夜の王宮どころか、昼でも王宮内をうろつくことのないエル。出歩くときは大抵フォーンが一緒にいたはずだ。

(お姫抱っこするって言ってたくらいなのに)

 それをエルに尋ね、返ってきた答えに、どうして予想ができなかったのかと内心で小さく舌を打った。

「フォーンは、姫様と一緒です」

 呪いが緩和される夜。フォーンが婚約者の――姫のもとを訪れるのは当然のこと。そんな二人の邪魔を、エルができるわけがない。
 あまりの申し訳なさに、謝罪と一緒に余計なことまで口にしてしまった。

「お前が姫のことを……姫のことを、好きだって、知ってんのに」

 しかし、何故だかエル本人に驚かれた。
 そして何故だか、僕は姫様が好きなのか、とエル本人に問われた。
 戸惑いながらも見てきたことを口にすれば、エルは驚き、戸惑い、そして悲しげに目を伏せたりしながら、最終的に笑った。

「ありがとうございます、団長」

「兄貴、って呼んでくれてもいーよー」

「ありがとうございます、師匠!」

「師匠と来たかー」

 そうしてくだらないやり取りを、した。
 くだらなさすぎて、違和感を覚える。

(俺とエルは、くだらないことを言い合える仲じゃない)

 それなのに今、あだ名までついてしまった。師匠、などという意味のない、けれど特別なあだ名が。それがなおのことおかしい。
 違和感の原因を考えていると、向かいからフォーンが現れた。なぜだかエル(仮)の声が沈む。

(どうして……?)

 エルが俺の知るエルでないならば、どうしてフォーンを見て気を落とす必要があるのだろう。やはりただの、思い違いだろうか。
 フォーンは、いなくなったらしいエル(仮)を責めていた。

(この子の行動は当然なのに)

 不愉快を表情から隠して、エル(仮)を庇う。団長オーラを利用して日頃の鬱憤を少しだけ晴らしたのは秘密だ。

「あ、団長。俺が」

 フォーンの登場に止まっていた足を再び動かせば、車椅子を押す役を代わるとフォーンが申し出てきた。

(今日の俺は、甘くないよー)

「なにー? 俺とエルの楽しいおしゃべりの時間を取るのー? エルとは滅多に会えないんだから、もうちょっと時間ちょうだいよー……」

「…………」

(……え?)

 わずかに狭くなったフォーンの眉間。それは言うなれば、俺が先ほど隠した不愉快を隠しそこねたような。

(まさか……?)

 前後の繋がりから、フォーンがそんな顔をする、考えられる理由はただ一つ。

「フォーン……」

(まさかお前……嫉妬してるの?)

 俺がエルを独占していることに。俺がエルの車椅子を押していることに。自分の役目をとられたと、つまりは自分がするのが当然だと思っていたと、いうことか。
 確認の意を込めて名前だけを呟けば、フォーンはしっかりとその意味を汲んだらしい。まるで、「今さらどうにもならないでしょう」と語るように、目線を地へと落とした。

(そうだね……)

 もうどうにもならない。
 お前は姫の婚約者。
 その役割からは逃れられない。




 昨日からよくエルのことを考える。
 寝て覚めて思い返しても、あのときのエルは今まで見てきたエルではなかった。

(あの言葉遣いといい仕草といい、まるで……)

 ありえる、と言えばありえる。
 なぜならエルは――、

「魔の者なんだから」

(ん……?)

 突然女の声が思考を読んだ。考え事をしていた意識を声のしたほうへ向けると、そこにはコソコソとしたようすで、三人の女中が立っていた。思考を読まれたわけではなく、ただ考えていたことと女の言葉が偶然かぶっただけだろう。

(よからぬ予感がするぞー?)

 三つ編みを抱えて、壁に身を隠す。
 聞こえてきた話は、頭を抱えたくなるような内容だった。

「昨日聞いた!? あの魔の者、ぜったいあたし達に言ったのよ!」

「本当に腹の立つ! 魔の者のくせに!!」

「ねえ、朝食にさぁ、なんか入れちゃわない? すっごい辛い調味料でもいいし、ガラス片でもいいと思うわ」

「魔の者だし、平気で食べちゃうんじゃない?」

「だったらおかずを一品増やしてあげる私たちに感謝してほしいわよ」

(うっわー……陰険。こいつらが<魔の物>に、見えてきたよー)

 普段ならばこのまま聞かなかったふりをして――女に逆らうことは危険だし、エルほどの魔導師ならば避けられることだから――もしくは注意するだけだが、今日はそうはいかない。もしかしたら、エルはエルではないかもしれないのだ。

「なーんのそーだん?」

「ウォ、ウォンリ様!」

 突然現れた人間に、三人はそろって驚く。聞かれたか、という困惑が三人が視線を交わしあったことで見て取れた。

「エルの朝食、俺が持っていくことになってるんだけど、もう持っていける?」

(もちろん、嘘でーす)

「あ、も、もう少しお待ちください!」

「その朝食、俺もエルの摘ませてもらうつもりだから、少し多めに盛っといてって料理長に伝えてね〜」

 騎士団長の口にも入ると伝えておけば、女中も料理人もおかしな細工はしないだろう。
 心の中で溜息をつく。

(お前はよくもこんなところにいられるよね)

 味方の肩書きを持つ、敵ばかりの中に。




 エルの部屋に持っていった朝食は、食べてみたけれど特になにかが入れられているということはなかった。さすがに、騎士団長を巻き込んでまで嫌がらせをしようなどとは思わないらしい。
 もし入っていたならば大変だった。
 予想通り、<エル>はエルではなかった。おそらく、なにも知らない、魔の力どころか戦場の空気すら知らない女の子。

(なんだってこんな……)

 おそらくは<エル>の意思だろう。
 こんなことをする理由はわかるけれど、なぜこの子を選んだのかがわからない。
 出立する二人の背中に、ひどく不安定なものを感じた。



 ・〜・〜・〜・〜・〜・
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ