Present

□幸せな、避けられない大嫌いな日のために。
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 誕生日が嫌いだった。

 自分のではなく、アイツ――アルトの誕生日が、俺は大嫌いだった。

 下心だけの、ともすれば下心すらない義務だけの祝いの品や言葉を、見せかけの笑顔と聴かせるだけの言葉を添えて平然と贈るのは、社交界では当然のことだと納得している。嫌いなのは、それを受け取るアルトの表情だ。

 笑っているのに、無表情。

 笑っているのに、泣いている。

 笑っているのに、嘲笑(わら)ってる。

 笑っているのに、自嘲笑(わら)ってる。

 誕生日なのに。

 堪(たま)らず俺は、誕生会を抜け出した。上等な生地の上着を放り投げて、整えられた髪をぐしゃぐしゃと掻き回して、汚い場所から抜け出した。

 帰ってきたときにはすでに会は終わっていて、会場には誰もいなかった。それでも焦ることはなく、俺はいつもの場所へと向かう。

 星の瞬く空の下、アルトは上着も脱がずに寝転んでいた。

「お疲れさん」

 声をかければ、アルトの口元に笑みが浮かぶ。隣に腰を下ろして、その唇に抱えた袋から取り出したものを押し当てた。

「ほら、俺からの誕生日祝いだ」

 もふもふと、手に取らずに口だけを動かして食べるアルトの脇腹を蹴る。

「自分で持って食え」

「ひどいな……。せっかくの誕生日なのに」

 唇を尖らせながら身体を起こすアルトを横目に、俺も自分のものを頬張った。

「わざわざ下町に降りて、お前のお気に入りのパン屋でお前が好きなパンを買ってきてやっただろ」

 本来ならば馬車を使うような距離を、アルトのためにひたすら走った。

 馬車を使えば俺が抜けたことがバレる。俺が抜けたことがバレれば、アルトの評価が落ちる。だから、馬車も御者も残して、ひたすら走って道を下りた。

 正直、ものすごく足が痛い。

 正直、ものすごく腕が重い。

「僕はねライリ、自分の誕生日が嫌いだって思ってはいても言葉には出ないんだよ」

 それでも、アルトが笑えるならば。

「だって、君が毎年、こうして僕のためにパンを買ってきてくれる。だから僕はこのパンが大好きで、だから誕生日が嫌いだって言い切れないんだよ」

 たった一つのパンで、お前が笑うなら。

「ありがとう、ライリ」 

 たった一つのパンで、アルトは微笑(わら)うのに。

「こちらこそ」

 首を傾げたアルトの口に、「感謝しろ」と袋からもう一つパンを取り出して勢いよく押し込む。アルトは涙目で、「だからありがとうって言っただろ!」と笑いながらパンを頬張った。




 ――なあ、アルト。

 来年の誕生日も、再来年の誕生日も、ずっと先の誕生日にも、お前の好きなパンをたくさん買ってくるから。だから来年も、再来年も、ずっと先も、一緒にたくさんのパンを食べよう。

 約束だ。



End...


However, I was not able to fulfil the promise.

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