現実逃避の部屋。

□お姫様たちの憂鬱
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「見つけて、いただいたんですけど……あ、あんな大事になってしまっていたので、そこで断るわけにも、いかなくて」

「あら、シンデレラは王子様のプロポーズを断りたかったの?」

 ようやくアリスが食べ物からシンデレラへと顔を上げると、シンデレラはすぐにアリスの視線から逃げるように俯いた。

「こ、断るとか、じゃなくて……ゆっくり、お互いを知ってから……って」

「なるほど。外堀から埋めにこられたせいで逃げられなかったというのね……<お互いに>」

 ぺろり、と唇を舐めて、何度か首を縦に振ったアリスは、今度は茨姫に水を向けた。

「それで、茨姫、貴方は? 貴方も王子が迷惑なのかしら?」

「え!? あ、あたし!?」

 ぴょん、と肩を跳ねさせ――実際椅子から跳ねたのかもしれない――美しい輝きを宿す瞳を、茨姫はあちこちへと彷徨わせた。百年のブランクを埋めるため、彼女は目下現在の風習を勉強中なのだが、召使いたちとよく話をしているせいか、およそ王族が使用しない言葉を口にすることがある。しかし、王族でないアリスとしてはとても好感が持てるし、同席する二人の姫も気にした風はない。白雪姫曰く、「何をもって王族とするかは自分で決めなさい!」とのこと。母の妬みが煩わしくなり、城を自ら出て行った姫の言うことはやっぱり違うな、とアリスはそれを聞いたとき思ったものだ。

「あ、あたしは……あたしは……」

「もしかして、あなたは王子が迷惑ではないのね?」

 それはよかったわ、と続けようとしたのだが、矢のような速さで茨姫に遮られた。

「ううん! 迷惑!」

「……どこが迷惑なのかしら?」

 アリスは肩を落としながら、カップケーキに手を伸ばす。

「う、うーん……あっ、あたしのこと助けてくれたのはいいけど、あの人あたしをお年寄り扱いするの!」

「お年寄り?」

「そう! あたしの時代の言葉を使ったり、あたしの時代の曲を舞踏会で流したり、それってお年寄り扱いでしょ!」

 カップケーキを半分ほど食べたところで、マーマレードの瓶を開けた。

「どうしてそう思うの?」

「舞踏会に来た人が笑ってたの! まるで古臭い老貴族の舞踏会に来たようだって!」

「まあ! そんなことを言ったのはどこのどなたなの!?」

 白雪姫だ。

「仰って、茨姫。わたくしがその方に、古き良きものについて懇々と、延々と、嫌というほど語ってきてさしあげるわ!」

「ごめん、あたしの知らない人」

「白雪姫、少し静かにしてちょうだい。あなたの番までもう少しだから」

「けれどアリス! わたくしのお友達が侮辱されたのよ!」

「わ、わたしも! わたしも、許……せない。わたしの、大事なお友達……だから」

 普段大人しいシンデレラまで言い出したものだから、アリスは「わかったわ」と頷いた。

「あなたたちが友達思いなのはいいことだと思うし、白雪姫が何をしようとわたしは止めないわ。けれどその話はあとにしてちょうだい。今はお茶会中なのよ。さ、あなたの番よ、白雪姫。せっかく落ち着いてもらおうと思って最後にしたのに意味がなくなってしまったわ」

 あーあ、とアリスは小さく呟いて、指についたマーマレードをちろりと舐めた。

 白雪姫は、我に返ったように一度動きを止め、ティーカップを持ち上げる。今までの勢いからは想像つかないほど繊細な手つきで口元までそれを運び、こくりと一度だけ静かに喉を鳴らした。

「アリス、あなた、わたくしの王子をどう思っていて?」

 疑問符がついてはいるが、返事がほしいわけではないだろう。アリスは「続けて」とだけ返して先を待つ。

「アリス、よく聞いて。わたくしの王子は、ヘンタイなの」

 へんたい。

 突然現れた「王子」という役職と結びつかない単語に、思考が追いつかない。

「ヘンタイ……って、変態?」

「ええそう!」

 そんな話は今まで聞いたことがない。もしかしたら、白雪姫は何かを勘違いしている可能性がある。アリスは落ち着くためにミルクティーを一口飲んだ。冷め切っていた。

「どうしてそう思うの?」

「よく考えてごらんなさい。わたくしがこうして生きているのは、わたくしの棺を運んでいる途中、あの方の家来がつまずいたせいで喉に詰めたリンゴを吐き出したからなの!」

 本人曰く、あのリンゴは家出した娘が気になって様子を変装して見にきた母が持ってきたものだったらしい。愛想が尽きはしていたものの母のリンゴを無下にできず、かといって素直に食べることもできず、怒り任せに齧ったせいで喉に詰めたそうだ。

 白雪姫ならやりそう、とはこの場にいる白雪姫を除く全員の思いだった。
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