現実逃避の部屋。
□お姫様たちの憂鬱
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アリスは胸中で大きな溜息を吐いた。
目の前の円卓に敷かれた白いテーブルクロスは素敵なデザインだし、その上に乗っているお菓子もすべてたいらげてしまいたいほど美味しいし、ソーサーの上のカップも可愛くて、ミルクティーも自分好みで甘くて美味しい。けれどアリスが吐き出したのは、歓喜からのものではなく、間違いなく嘆息の部類に入る溜息だった。
さて、どうしてアリスが目の前の<素敵>に心躍らせないのか。その理由はアリスをこのお茶会に招待した同席する三人の姫にある。
雪のように白い肌をわずかに紅潮させている、白雪姫。
美しい顔を伏せて座る、シンデレラ。
百年閉ざされていたとは思えないパッチリした目をキョロキョロさせる茨姫。
ちなみに白雪姫の肌が紅潮している理由は、夢物語のような理由ではなく、単に怒りによる興奮からだ。
「ちょっとアリス! 聞いていますの!?」
円卓へ身を乗り出さんばかりの勢いで声を上げた白雪姫に、アリスは愛想笑いをするでもなく素直に「ごめんなさい、もう一度お話してくれる?」と返した。
「今度はよく聞くのよ、アリス」
白雪姫は居住まいを正して小さな咳払いをすると、その赤い唇にそぐわぬ言葉を告げる。
「わたくしたちは、王子に迷惑していますのよ!」
「あら、どうして?」
三人とも、夫となる王子とは運命的な出会いをして結婚をしたはずだ。それは美談として街に流れているし、それぞれの王子たちを知っているアリスも間違っているとは思わない。
「あなたたちの王子様、みんな素敵な人ばかりじゃない」
「とんでもないわ、アリス!」
「白雪姫、貴方はちょっと落ち着いた方がいいわ」
白雪姫の声の大きさに少しばかり眉を顰めて、アリスはシンデレラに視線を向けた。
「わたし、まずシンデレラのお話から聞くことにするわ」
「えっ、わ、わたし……?」
まさかこのタイミングで名指しされるとは思わなかったのだろう。シンデレラは、伏せていた顔を勢いよく上げると、わたわたと慌て、ケーキの皿に乗せてあったフォークを落としかけた。危なかった、と息をついたのも束の間、白雪姫が「アリス!」と立ち上がったせいで、とうとうフォークは地面に落下してしまい、「な、なんてこと」と小さくつぶやいたシンデレラは円卓の下へと潜っていった。必要以上に青ざめたのは、恐らく継母と共に住んでいたころの扱いのせいだろう。
「もちろん、白雪姫のお話も聞くけれど、熱くなってしまっては大事なことが伝わらないはずよ」
「……なるほど、一理ありますわね。わかりましたわ。わたくし一番あとにいたします。さ、シンデレラ話を……シンデレラ!? なにをしているの!?」
「あ、ご、ごめんなさい。フォークを……」
「フォークなんてお茶会が終わった後に拾えばいいことよ。だって拾ったってお茶会の間は使えないのですもの」
「ご、ごめんなさい」
それでも拾ったフォークを円卓に置いたシンデレラに、白雪姫が仕方ないわねと肩を竦めてカップを手に取った。
さて、とアリスは改めてシンデレラを見る。
「シンデレラは、どうして王子が迷惑なの?」
「あ、あの……えと」
「ごめんなさい、声が小さくて聞こえないわ」
アリスの言葉にシンデレラは目を伏せ、口だけをもごもごと動かした。そんなシンデレラの動くこめかみを見ながら、アリスはスコーンを手に取る。アップル、レーズン、ブルーベリー、どれにしようかと迷ったが結局は何も入っていないものにした。
「シンデレラ、はっきりしなさい!」
「は、はい!」
白雪姫の喝に、ようやくシンデレラが聞き取れる声量で話しはじめる。
アリスはスコーンを食べる手を止めない。
「あ……あの、わたし……舞踏会に行ってみたくて」
「ええ、知っているわ。かぼちゃの馬車に乗って、ガラスの靴を履いて行ったのでしょう?」
今度はクッキーを手に取るアリス。ココア味のシンプルなクッキーだ。
「そ、そうなんです。魔法をかけてもらって……。でも、あの……そこで王子様に見初めていただいたんですけど……」
「けど?」
「あの、でも、そのあと……わたし、帰らなくちゃいけなくて……お別れしたんです。でも、次の日から、王子様はわたしを大々的に探し始めました」
「聞いたわ。なんでも国中の娘がいる家を回ったとか回っていないとか」
ミルクティーを口に含むと、少し甘さが抑えられていた。甘いクッキーを食べたせいだろう。