現実逃避の部屋。

□ひとめぼれ
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 しかし森ガールが次に見たのは、僕ではなく、目の前の友達だった。表情を険しくさせて、ひどいよ、なんていう声が耳に届く。

「あちゃー」

 恋を招く前に、どうやら友情に亀裂をいれてしまったらしい。
 けれどその程度で壊れる友情ならば、しょせんその程度だったということだ。僕は罪悪感を微塵も抱かずに、次の標的に目を移した。
 少し難易度を上げてみよう。
 まだ初級もクリアーしてはいないのに、僕は自分の中の設定を変更した。
 次に目を向けたのは、彼氏連れの眼鏡をかけたお嬢様風の女性だ。ふふふ、なんて笑いながら口元に手を当てている。ニヤついたり、口元にクリームをつけたりなどとは、無縁そうな女性だった。
 難易度が上がった理由は、彼氏連れという点だけではない。僕の目の前に座る二人の位置は、左右、つまりテーブルが僕のテーブルと垂直方向にあるということだ。ゆえに、お嬢様が僕に視線をやったことは、確実に彼氏にバレる。もしも彼氏が気性荒く、嫉妬深い男だったとしたら、ゲームオーバーどころか罰ゲームも付随するだろう。
 ここは、慎重に。
 ちら、ずーっ。
 ちら、ずーっ
 ちら、ずーっ。
 ちら……、
 ストローでの吸引を挟みながら、ちらちらとお嬢様のほうを窺っていると、ちょうど四回目で目が合った。
 しかしながらここで油断してはいけない。
 すばやく彼氏の視線の先を確認してから、僕はニコリと笑んで、なおかつ手もひらひらと振った。
 お嬢様は、やはりお嬢様らしく、ふふふ、と笑った。それが悪かった。彼氏が、お嬢様が急に笑い出した理由を知るために、こちらに視線を向けたのだ。
 僕は慌てて振っていた手を下げ、視線を空になったコップに落とした。

「……やべぇ」

 椅子を引く音が聞こえる。彼氏が立ち上がったらしい。
 この時点でゲームオーバーであることは確実で、あとは罰ゲームが付随するか否か。
 テーブルに、陰が落ちた。
 どくん、と心臓が音をたてた刹那、

「おっまたー」

 男にしてはいやに高い声。
 それに、テンションも間違っている。
 さすがに彼女を一目惚れさせようとしていた男に、おっまたー、はおかしいだろ。
 おそるおそる、僕は目線を上げた。

「ハアイ」

 ニコニコと笑みながら僕の前に座ったのは、なんと、僕の恋人だった。

「まーた馬鹿なことしてたの? あたしが来なかったら危うくボッコボコだったわよ」

 ニヤニヤと笑みながら僕の前に座った僕の恋人は、店員にオレンジジュースを注文して上着を脱いだ。

「馬鹿なことって、僕は実験と検証をしていただけだよ」

「一目惚れの?」

「そう」

「ひどい男よね」

「なんで?」

 はーあ、と僕の恋人はわざとらしく溜息をついて、僕の空になったコップを取り上げて氷をいくつか口の中に放り込んでワイルドに噛み砕いた。
 ボリ、ボリ、ボリ、とこれまたワイルドな音が僕と僕の恋人の間の沈黙に代わる。

「だってさー」

 僕の恋人は、ごく自然に話を続けた。
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