君とわたしの死亡フラグ。

□拍手LOG。
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Happy End?




「御徒町さん、ちょっといいかな?」

 それは下校の準備をしているわたしに、何気なくかけられた一言。しかし、教室中をざわつかせるのに十分なものだった。

 わたし――御徒町真知に声をかけてきたのは、クラスメイトの南方穏香。オタクのわたしとは百八十度違うイマドキのリア充で、以前わたしが南方さんを庇って事故に遭ったとき、どうやら学校では「南方穏香がオタクをシメた」と噂されていたらしい。なんとも可哀想だけれど、残念ながらわたしには全校生徒の前で否定する勇気も、全校生徒に事情を話して回る根性もなかったので、未だその噂は静かに広まり続けている。ヘタレで申し訳ない。

「ちょっと二人だけで話がしたいんだけど」

 ざわっ、と教室が再び波立ったのは言うまでもない。

 わたしはとりあえず、さっさと帰ろうとしている伊織の襟首をつかんで、南方さんに微笑みかけた。

「いいよ」

「おい、真知」

 伊織が不満そうな声をあげる。

「設楽くんと三人なら、私は構わないんだけど」

「俺が構うわ!」

 南方さんが困ったような顔をしたのを不思議に思ったけれど、わたしは何も問わずに伊織から鞄を取り上げて、伊織の机の上に放り投げた。

「伊織、うるさい」

「理不尽!!」

 我が幼馴染みは叫びながら、持っていた紙袋――ちなみに中身はわたしの漫画とわたしのCDとわたしのアニメDVDとわた(以下略)――を自分の机の上にそっと戻した。


 * * * * *


 わたしの学校の屋上は、漫画でよくあるように開放はされていない。むしろ立ち入り禁止で、それを知ったときには心底悲哀にくれたものだ。伊織が「ピッキングに手を染めるのはやめとけよ」とソっと背中に手を添えてきたことは、まだ記憶に新しい。

 よって、人が滅多に来ることのないこの場は密談にはもってこいだ。

「あの、これ、読んで欲しいんだ」

 真剣な顔でしばらく黙り込んでいたかと思えば、南方さんはポケットからおもむろに一通の手紙を取り出した。綺麗に封をしてあるそれを見て、首をかしげる。

「え、わたしに? 誰かに渡してほしいとかじゃなく?」

「そう、御徒町さんに読んで欲しいんだ。設楽くんじゃなくて」

「おい、南方。悪意を感じるぞ」

 わたしはそっと手紙を受け取って、

「おい、無視かよ」

 そして裏と表を見た。

「誰宛て、とか、誰から、とか書いてないんだね」

 手渡しなのだから当然だろうとは思う。でも、聞かずにはいられなかった。そして、南方さんの表情から、それが意味のあることなのだと悟った。

「誰からのものかわからないの。誰宛てのものなのかも」

「それなのに真知に読ませるのか? つか、書いたの南方じゃねーのかよ」

 伊織の言葉に南方さんは静かに首を縦に振った。それが否定か肯定かは、この手紙を読めばわかるのだろう。

 先程の南方さんと同じようにしばらく黙り込んでから、おそるおそる封を切って、便箋を取り出した。

 真っ白い、飾り気のまったくない便箋には、ワープロ打ちの文字が並んでいた。

「……読んでいいの?」

 最終確認。

 もちろん返事は、是。

 だから、躊躇うことなく、読み始めた。

 読み始めて、



「真知……?」



 伊織が不安そうな声でわたしの名を呼ぶ。



「やっぱり……」



 南方さんが一人で頷いている。

 そしてわたしは――、



「なんっで……いま、っさら」



 ――泣いていた。

 震える両手が手紙をぐしゃぐしゃにして、滲む涙が字を歪ませる。

 最後まで読めなくて。

 最後まで読みたくて。

 何度も何度も、袖で目元を拭いながら、読み進めた。

「御徒町さん、私ね。書かなくちゃって思ったの。どうしても書かなくちゃって……」

「なに? 小説?」

「ううん、見てのとおり、手紙。誰かから、誰か宛ての」

 誰かからの誰か宛ての手紙。

 わたし宛ての手紙ではないんだと、思っても。どうしても、どうしても。

 そうして最後にたどり着いた言葉に、わたしは泣きながら蹲った。

「真知!?」

「御徒町さん!?」

 二人がわたしを呼ぶけれど、きっとわたしには聞こえていない。

 ねえ、どうしてこんな手紙を書いたの?

 ねえ、いったいどういうつもりなの?

 ねえ、約束くらい守ってよ。

 ねえ、もう一度会いたいよ。

 ねえ――、

 わたしの頭の中には、誰かへの返事ばかりが渦巻いていたから。




 * * * * *




 ――へ


 お前は元気にしているだろうか。あのときのように馬鹿なことを言い、馬鹿なことをして、馬鹿みたいに笑ってくれているのだろうか。……幸せに、生きているだろうか。俺には二度と知ることはできないけれど、いつもそれを祈っている。

 思えばお前と過ごしたのは本当に短い期間だったな。お前が消えたと知った時、俺は心の底から後悔した。もう少し一緒にいることができるだろうと、最後まで共に戦えるのだろうと思っていたから。だから、俺はなんの覚悟もできていなかった。

 お前は笑うだろうか。俺は少し、お前を恨んでいると言ったら。それとも怒るだろうか。ふざけんな、とあの時のように。

 どうして俺の前からいなくなった?
 別れの挨拶すら告げずにいなくなった?
 もしあれが最後だと知っていたら、俺はお前にもっと触れていたのに。未練をぶつけていたのに。抱きしめられたのに。……女々しいことを言って、すまない。幻滅したか? それは少し辛いが、それでもいい。俺のくだらない自尊心を、せめてこの届けることも叶わない手紙の中では、捨てさせてくれ。

 それから、俺はお前に謝りたいことがある。

 出会った時、お前をあいつだと思っていたことだ。だけど信じて欲しい。あの時の言葉はお前とあいつを重ねていたわけではないと。

 そしてもう一つ、お前との約束を破ってしまっていること。お前は、俺がお前のことで時々苦しめばいいと言ったな。だが駄目だ。どうしてもお前が頭から離れない。俺が想うべきはあいつでもなく、お前でもない、たった一人でなければならないのに……。

 本当に、何を書いているんだろうな俺は。

 くだらない自尊心でお前を傷つけておいて、こんなことを言える立場でもないのに。

 けれど俺は何度でも言う。

 お前が幸せでありますように。お前が笑っていられますように。お前が泣いて苦しみませんように。ただひたすらに、そればかり願っている。

 それから最後にこれだけは、伝えたい。




 ずっと、愛している。




 ――より





 * * * * *





 ねえ、わたしもまだ貴方を、――愛しているよ。



 The End.






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