君とわたしの死亡フラグ。
□拍手LOG。
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【Dream×Dream×Dream】
事故の後遺症かそれとも元々なのか(元々である可能性は非常に高い)、俺の幼馴染はここ最近変だ。
毎日読み、カバンに入れて持ち歩くほど好きな小説を、最近見ようとしない。グッズも買わないし、ファンサイトも閲覧しない。
常人になったと喜ぶべきなのだろうけれど、あの幼馴染が常人になるということは世界が終わってもないだろうと、十六年共に過ごしてきた経験がそう告げる。
まったくどうして訳がわからない、あいつに元気がないと、どうしてかこっちまで不安になる。
なぜなんだ、なにがあったんだ、と夜遅くまであいつのことを考える日々が続いていたせいか、ある日――。
「夢だな、うん、夢だわ」
突如前触れもなく俺の目の前にどでかい城が現れた。
それまで自分がどこにいたかは思い出せない。だから、夢なのだろう。いや、間違いなく夢だ。この二十一世紀にこんな城が建っているわけがない。もし建っているのだとしたら、世界遺産になっているだろうから。
「こんなファンタジーな夢見るなんて、俺もそろそろやばいな」
はあ、と溜息をついて空を仰いだ。
ああ、空が澄んでるな、と柄にもなくそう思っていると、急に誰かに肩を叩かれた。
驚いて振り向けば、灰色の塊――魔術師みたいな格好をした人間が立っていた。
「……俺やべぇ。マジやべぇ」
その人は、あいつから散々聞かされていた小説の、あいつが愛してやまないキャラクターと酷似していた。
なぜ俺が見る。
あいつが見るべき夢だろう、これは。
「はじめまして」
「あ、はじめまして」
お互いペコリと頭を下げ、とりあえず挨拶を交わす。
「君はどうしてここに来たの?」
前触れもなく、前置きもなく、その人は首をかしげ俺に尋ねた。
そんなこと、俺が聞きたい。
けれどあいつと違って礼儀を備えている俺は、愛想笑いを浮かべるだけに留めた。
「もしかして、彼女の友達?」
「え?」
彼女、というのは誰のことなのか、俺には想像もつかない――ことはない。
思い浮かぶのは、あいつ。
あいつは今、俺の心配事の八割を占めているから、いつでもなんにでも結び付けられる。だけれどそれは、結びつける<ことができる>のであって、正解では決してない。だから俺は答えなかった。
それなのに、その人は得心したように一つ頷いて、
「僕が悪いんだよ」
と苦笑した。
「なんだよそれ、どういう意味だよ?」
初対面に丁寧語、なんて常識は吹き飛んだ。
「彼女をココに喚ばなければ、苦しむことはなかったんだ」
「ここに呼んだって……」
問い詰めようと、一歩踏み出したときだった。遠くのほうから誰かの誰かを呼ぶ声が届いたのは。
それはどうやら<その人>を呼ぶ声だったらしく、その人はハッとしたように伏せていた顔を上げた。
「しまった、思いのほか早く見つかった」
「は?」
「ちょっとした出来心で、『旅に出ます、丘の上まで。探さないでください。』って書き置きしてきたんだよ」
「探して欲しかったのかよ」
「当たり前でしょ」
どの辺が当たり前なのか。
旅に出るんじゃなかったのか。
「嘘に決まってるじゃない」
「なんて奴だ!」
「でも彼女はこんな僕のことを好きだって言ってくれた!」
「誰のことだよ!」
叫ぶと、その人は黙り込んだ。そしてとても真剣な目をして、俺を見つめた。
「ごめんね、君の大事な人を傷つけて。でもきっと、彼女は立ち直るよ。強いから……僕なんて比にもならないくらい、強いから」
だから、とその人は続けて、
「心配いらないよ」
と哀しく笑った。
そして徐に俺の手をとる。
「いつか彼女の中から僕らが消えたとしても、僕らは彼女を忘れない。それで僕がしたことが許されるなんて思っていないけれど……」
だからあいつになにをしたんだ。と心の中では叫べるのに、手に触れた指が優しくて、それが何故か切なくて、声にできない。
「欠片でもいいんだ」
ギュッ、とその人が俺の手を握った。
「伝えて」
囁くように、けれど強く、
「僕は今、幸せだと」
震えながらも、心に響く、
「君のおかげで、今最高に幸せだと」
それほどに強く、強く、気高く、誇れるような声でそう言って、その人は――晴れやかに笑った。
「お願いだよ」
「……でも、夢だろ」
俺はあいつみたいな夢見がちな人間じゃない。どちらかというと現実的な部類に入ると思う。だから、これは夢であり、<その人>の言葉は俺が作り出した幻だと、現実ではないのだと、理解している。それなのに、どうしてこんなにも、忘れてしまうかもしれないという焦燥感を抱いているのか。
「いいよ、それでも」
その人は笑う。
「僕はいい性格をしているからね、伝えられただけで満足だ」
「最低だな」
「彼女は好きだと言ってくれた」
その人の中の<彼女>は、心の支えであるかのようだった。自分を卑下して落胆しても、好きだと言ってくれる人がいるから大丈夫だと、まるで笑顔の糧であるかのような。
「悪いけど」
だから俺は言った。
「俺の<あいつ>とあんたの<彼女>は違うよ。俺のあいつは、馬鹿だから。最高に馬鹿だから」
最高に、馬鹿なんだ。
「――……!」
遠くから聞こえていた声が、近くなってきていた。
その人は、声のほうを振り返って、
「<彼女>がいたりしてー!」
と叫んだ。刹那、
「どういうことだ!?」「あいつが!?」「待て! 待っていろ!」と大変狼狽しまくった、大変な美声がはっきり俺の耳に届いた。
「これでわかったでしょ? 僕らは幸せだ」
「あんた……」
「いい性格してるんだ、僕!」
「胸張って言うことじゃねーよ」
俺がそう言って笑うと、その人は優しい笑みを浮かべ、そして俺の目を手の平で塞いだ。
「な、なんだよ」
「きっと君がここへきたのは、僕のせいだ。どうしても、伝えたかったから」
囁いて、囁いて、消えていく。
目から、耳から、頭から、脳から、記憶から、すべて、消えていく。
「さ、おはようの時間だよ」
最後に届いた声の主の顔も名も声すらも、もう俺は思い出せなかった――。
――今日は、いつもよりも早く目が覚めた。
なんだか大切な夢を見たような気がするけれど、もう覚えていない。
思い出そうと努力してみたものの、どうにも思い出せない。どんな夢を見ていたのだろう。そもそも夢に大切とか大事とか、無駄とか邪魔とかあるんだろうか。
そんなことを考えながら、ベッドを降りてカレンダーを見た。
「あ、そうだ。今日発売だっけか」
今日はきっと、とても大事な日だ。
俺は財布を確認し、時計を見た。
「駅前の本屋なら開いてんな。今から用意すりゃ、寄る時間あるだろ」
そうして携帯を開き、あいつにメールを送った。
『今日は一緒に行けない』
「……幸せにしてやるよ」
これは、どの漫画の決め台詞だっただろう。
そんなことを考えながら、俺は自分の部屋を、出た。
もう夢を見たことすら、忘れていた。
End...
どんなお話だったのでしょう。