僕はオトコに生まれたかった。

□僕はボウキャクに夢を視た。
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 和多留ゆいが大層不思議な顔で僕を見ていた。

 フードコートで腰を落ち着けて数分は経つのだが、その間ずっと和多留ゆいは僕の顔を不可解なものを見るような目で見続けていた。

 僕はそれをずっと無視し続けていたのだけれど、流石にそろそろ鬱陶しい。

「なにか言いたいことがあるの」

 目も合わさずにそう問うと、和多留ゆいは待ってましたとばかりに、テーブルに身を乗り出した。距離が近くなった分、僕は自分の座る椅子を引いた。

「どうして逃げちゃったの? なにか嫌なこと言われた?」

「……何も言われちゃいない」

 そう、大和斉は<なにも言わなかった>。それはなにも言う必要がなかったということで、すなわちなにも修正することがないということ。

 僕のことを好きだなんて言っておいて、本当は岬レイコに再会するまでの暇潰しだったのだろう。

『デートだ』

 これは気まぐれ。

『お前が、好きだ』

 これは嘘。

『俺から逃げられると思うな』

 これはお遊び。

『お前は生徒じゃない。お前は俺にとって、生徒なんかじゃない』

「なにが、生徒じゃない、だ」

 いや、そうじゃない。

 その言葉だけは、違わなかった。

 僕が大和斉の中でほかの生徒と違う理由。それは、僕が、大和斉の遊び玩具だったから。だからこそ、僕に声をかけてくれたし、追いかけてもくれた。

「……くれた、か」

 本当は、単純に、嬉しかったんだ。

 罪と知っても、最低と知っても、そう思ってしまっていた。でもだからこそ、浮かれた僕の心に、制裁が下されたのだろう。

 怒るのは、筋違いだ。

 むしろ、このまま遊ばれ続けていたほうが、互いのためになるのかもしれない。

 大和斉は、暇をつぶせる。

 僕は、罰を受けていられる。

 ほら、すべてが利につながる。

 それなのにどうして、僕は背を向けてしまったのか。否定どころかなんの言い訳もしない大和斉に苛立って、腹が立って、もうどうしようもなくて、その場にすらいられなくなったなんて。

 わかっている。わかっているんだ。

 僕に大和斉を責める資格なんてないこと。怒る理由なんてないこと。それでも生まれてしまったこの感情はどうしようもなくて。どうしたらいいのかわからないのに、それでも助けを求めてはいけないのが、僕という存在。

 途方に暮れるほど、果てなく光のささない希望。

「……戻らなくちゃ」

 戻らなければならない。

 この感情も衝動も知らないフリを、否、最初から全て消し去って、僕は大和斉のもとへもどらなければならない。

 ふっ、と唇から笑声が漏れた。

 あんなにも、逃げなければならないと思っていたのに、今は戻らなければならないと自分に言い聞かせている。

 こんなふざけた自分には、呆れて笑いしか起こらない。

 そろそろ誰か、僕を叱って、殴って、大和斉を見ることのできないところへと繋いでくれないだろうか。そうすれば、僕はただ大和斉の幸せを願い続けられる。

「千里ちゃん、気分悪い?」

「とてつもなくね」

 自分の感情に、とてつもなく気分が悪い。

 しかし、もしかするとこれがいい機会なのかもしれない。<もっともらしい理由>で大和斉から離れられる、チャンス。

 大和斉の幸せのためという名目があれば、この想いも心も記憶も全て僕の中に閉じ込められるだろう。

 でもたったひとつだけ、忘れたくないものがある。

「私、お水とってくるね!」

 和多留ゆいが席を立ち、給水器コーナーまで走っていく。その背中を見ながら、僕は<忘れたくないもの>に思いを馳せた。

「……僕は唯一、君だけは忘れたくないんだよ。……ねえ、ライリ」

 どんなに辛くても、どんなに苦しくても、どんなに未来(イマ)が縛られていても、アイツだけは絶対に忘れたくはない。

「馬鹿だよね、僕は」

 そう呟きながら、テーブルに突っ伏して目を閉じた。

 瞼の裏で、笑みを見せてくれるライリに会いたくて。けれど、

『離れていても、想ってるから』

 僕が最後に見たのはライリのとても傷ついた顔。それがあまりにも印象的で、笑顔を思い出そうとすればするほどに、想ってはいけないと諌めるようにその言葉が脳裏に響いてやまない。

「会いたい……会いたいよ」

 アイツが笑ってくれるなら、どんなことでもしようと決めていた。

 アイツが幸せでいられるなら、どんなことでも我慢しようと決意した。

 でもアイツが僕を忘れてしまえるのなら、僕はもう、<僕>はいらない。

 それほどまでに、狂おしくて仕方なくて愛していたから。

「もう一度だけ会いたい。最後に、もう一度だけ……君の笑顔に」

 だんだんと僕の脳を侵していく眠気に、このまま溺れてしまえば会えるのではないかと思い、意識を手放しかけた刹那、

「かーのじょっ」

 僕の真上から、聞き知らぬオトコの声が降ってきた。
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