僕はオトコに生まれたかった。
□僕はシカクに遮られた。
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強く記憶に残っているのは、自分を隠すのが上手かったライリの、傷ついた顔。
失望、絶望、落胆、すべての悪い感情が綯交(ないま)ぜになったような、そんな表情をして、ライリは僕を見ていた。
けれど後悔の感情は僕の中にはなくて、安堵すら覚えていて、けれどそれは当然のことに思えて、痛む心に叱咤していた。
これがいい方法だったんだ、と。
これが一番、いい方法だったんだと。
僕のために傷つく彼は見たくなかったけれど、それでも僕はそれを受け止めなければならなかった。逃げることは決して、許されない。逃げれば彼は、僕を追ってくる。そうして深く、深く傷つくんだ。そうなるくらいならば、今すべてを終わらせてしまおう。
どうして、と繰り返される声に、僕はたった一言告げた。
『うんざりだったんだよ、こんな関係』
瞬間の、ライリの、あの表情は、この目に、この心に焼きついて、離れない。
僕らの関係は、決して口外してはいけないことだった。それを改めて思い知ったときには、もうすでに取り返しはつかなくなっていたのだ。
僕と、ライリは、引き離された。それは当時としては、考えられないくらい軽い刑だったのだけど、それでも身を引き裂かれるように辛かった。
でも、僕に嘆く資格なんかなくて。
目の前で引き離されるライリを、こぶしを握り締めて見送るしかなかった。
なのに、なのにライリは、ただ一言。
『離れていても、想っているから』
とても優しく、そしてとても鋭利な言葉を、僕の心に突き刺して、彼は遠くへ去っていった。
だから彼が結婚しても、僕は嘆く資格も責める資格も落胆する資格もなかった。まるでエゴを押しつけるように、崖から飛び降りた。
何故飛び降りた?
僕は僕の意思で彼を突き放したのに。
なんて強欲。
なんて身勝手。
「……ごめん」
繰り返す謝罪の言葉に、彼は悲痛な声で「どうして」と返す。そんなに悲しまないで欲しい。
ああけれど、そんな声をさせているのも、僕なのだ。
僕は君を、悲しませることしか、痛ませることしかできない。
「僕は君に、愛される資格がないんだよ」
抱きしめられたまま、力なく呟く。彼の耳がちょうど僕の口元にあったから、どれだけ小さな声でも届いただろう。
これで、おしまい。
逃れるように、身じろぐ。けれど、彼は僕を放してはくれなかった。
「放してよ」
「やだ」
「放してって」
「なんで」
「なんでって……」
僕が返答に困ると、彼は小さく、小さくだけれど言った。
「愛されるのに、資格なんて、いるのか」
どこかできいたような、そんな台詞。ドラマの中だったか、小説の中だったか。それは疑問系ながらも、非難を含む言葉で。視聴者も読者も、大半が思うだろう。
――愛されるのに、資格なんか、必要ない。
なんの根拠があって、そんな風に思うのか。今の僕には到底理解ができない。
僕には誰か――いや、大和斉という人間を愛す資格も、愛される資格もないのだ。それは、<業>。僕の、最大級の、<業>。
「資格は、いるさ。君に愛される資格は、僕はとうの昔になくしたんだ……」
「俺がお前を愛する、資格はあるだろ」
顔は見えない。どんな顔をして彼はそんな台詞を吐いているのだろう。ああでも、いい表情ではないだろうな、なんて一人静かに苦笑する。
「それを言われちゃったら、おしまいだなー……」
ははは、と少し笑って、彼の肩を両手で押した。
まるでキスでもするのかというほど、近い距離に彼の顔がある。この距離で、「彼」を見たのはどれくらいぶりだろうか。
ああ、そうだ。
最後は、彼との別れのとき。約束の印だとばかりに、彼は僕に優しく口づけて、去っていった。
彼らしく、今更なんだからと彼を見送る大勢の前で。