僕はオトコに生まれたかった。

□僕はシカクに遮られた。
1ページ/2ページ


 強く記憶に残っているのは、自分を隠すのが上手かったライリの、傷ついた顔。

 失望、絶望、落胆、すべての悪い感情が綯交(ないま)ぜになったような、そんな表情をして、ライリは僕を見ていた。

 けれど後悔の感情は僕の中にはなくて、安堵すら覚えていて、けれどそれは当然のことに思えて、痛む心に叱咤していた。

 これがいい方法だったんだ、と。

 これが一番、いい方法だったんだと。

 僕のために傷つく彼は見たくなかったけれど、それでも僕はそれを受け止めなければならなかった。逃げることは決して、許されない。逃げれば彼は、僕を追ってくる。そうして深く、深く傷つくんだ。そうなるくらいならば、今すべてを終わらせてしまおう。

 どうして、と繰り返される声に、僕はたった一言告げた。

『うんざりだったんだよ、こんな関係』

 瞬間の、ライリの、あの表情は、この目に、この心に焼きついて、離れない。

 僕らの関係は、決して口外してはいけないことだった。それを改めて思い知ったときには、もうすでに取り返しはつかなくなっていたのだ。

 僕と、ライリは、引き離された。それは当時としては、考えられないくらい軽い刑だったのだけど、それでも身を引き裂かれるように辛かった。

 でも、僕に嘆く資格なんかなくて。

 目の前で引き離されるライリを、こぶしを握り締めて見送るしかなかった。

 なのに、なのにライリは、ただ一言。

『離れていても、想っているから』

 とても優しく、そしてとても鋭利な言葉を、僕の心に突き刺して、彼は遠くへ去っていった。

 だから彼が結婚しても、僕は嘆く資格も責める資格も落胆する資格もなかった。まるでエゴを押しつけるように、崖から飛び降りた。

 何故飛び降りた?

 僕は僕の意思で彼を突き放したのに。

 なんて強欲。

 なんて身勝手。

「……ごめん」

 繰り返す謝罪の言葉に、彼は悲痛な声で「どうして」と返す。そんなに悲しまないで欲しい。

 ああけれど、そんな声をさせているのも、僕なのだ。

 僕は君を、悲しませることしか、痛ませることしかできない。

「僕は君に、愛される資格がないんだよ」

 抱きしめられたまま、力なく呟く。彼の耳がちょうど僕の口元にあったから、どれだけ小さな声でも届いただろう。

 これで、おしまい。

 逃れるように、身じろぐ。けれど、彼は僕を放してはくれなかった。

「放してよ」

「やだ」

「放してって」

「なんで」

「なんでって……」

 僕が返答に困ると、彼は小さく、小さくだけれど言った。

「愛されるのに、資格なんて、いるのか」

 どこかできいたような、そんな台詞。ドラマの中だったか、小説の中だったか。それは疑問系ながらも、非難を含む言葉で。視聴者も読者も、大半が思うだろう。

 ――愛されるのに、資格なんか、必要ない。

 なんの根拠があって、そんな風に思うのか。今の僕には到底理解ができない。

 僕には誰か――いや、大和斉という人間を愛す資格も、愛される資格もないのだ。それは、<業>。僕の、最大級の、<業>。

「資格は、いるさ。君に愛される資格は、僕はとうの昔になくしたんだ……」

「俺がお前を愛する、資格はあるだろ」

 顔は見えない。どんな顔をして彼はそんな台詞を吐いているのだろう。ああでも、いい表情ではないだろうな、なんて一人静かに苦笑する。

「それを言われちゃったら、おしまいだなー……」

 ははは、と少し笑って、彼の肩を両手で押した。

 まるでキスでもするのかというほど、近い距離に彼の顔がある。この距離で、「彼」を見たのはどれくらいぶりだろうか。

 ああ、そうだ。

 最後は、彼との別れのとき。約束の印だとばかりに、彼は僕に優しく口づけて、去っていった。

 彼らしく、今更なんだからと彼を見送る大勢の前で。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ