僕はオトコに生まれたかった。

□僕はコテンテキを哀れんだ。
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「あれー? 新里、どこいくの? 授業始まるだろ?」

 教室を出てすぐそう声をかけてきたのは、多川仁意だった。

 僕に話しかけるということは、多川仁意には誰も<ゲーム>のルールを伝えていないのだろうか、と小首を傾げる。

「また具合悪いのか? 連れてく?」

 その目に裏は見られず、ただ純粋に心配してくれているのだということが分かる。

 それでも笑顔一つ返さずに、僕は、いらない、と手を振った。

「君は<ゲーム>に参加しないのか?」

 意地の悪い問いかけを投げた。

 しかしそれを少しも気に留めることなく、多川仁意は二コリと笑った。

「なんだよー? 今教室でなんかゲームしてんの?」

 虚を衝かれた。

 面食らった。

 なんだコイツは。

 馬鹿なのか。

「き、君は……、なにも聞かされていないのか?粟木しずくから」

「粟木ぃ? んー……あ!」

 と、多川仁意はなにかに思い当たったのか、急にズボンの中から携帯を取り出して、操作し始めた。

「えー……っと、んー……っと、あった!」

 とりあえず、黙って見守ることにした。

 なんか、見守らなくちゃいけない気になった。

「そうなんだよー、昨日粟木からメールきてたのすっかり忘れて寝ちゃってさー。俺、結構色んなところのサイトに登録してるから、あっという間にメルマガで埋まっちゃってさー。もーほんっと、メルマガってめんどくせーよなー。配信停止とかにしちゃったら必要な情報入ってこねーし、けど八割いらねー情報だし」

 なんか勝手に喋ってる。

 とりあえず、多川仁意が携帯を取り出したのは、粟木しずくからメールがきていたことを思い出したかららしい。

「えーっと、『多川君へ。新里千里が多川君を悪く言ってたよ。私も昨日酷いこと言われて、もう口をききたくないの。多川君も口をきかないでくれたら、きっと新里さん、自分が悪いこと言ったってわかってくれると思うの。だからお願い、しばらく新里さんと喋らないで。委員長より』って……」

 おいおい、声に出して読むなよ、人からのメールを。

 しかし、そのおかげで、粟木しずくがどんな風に<ゲーム>のルール説明をしたのか分かった。恐らくこの言葉がきくのは、三割ほどの多川仁意のように単じゅ……純真な生徒だけだろう。しかしなるほど。

「委員長より、ってのが卑怯だね」

 その肩書きは、ある種の脅しにもなる。リーダー的役割である<委員長>を示されれば、まるでそれがクラス全員の意思であるかのように錯覚してしまうだろう。気の弱い生徒などはそれだけでノックアウトだ。

 あー、可哀想に。

 フン、と小さく鼻で嗤った僕の名を、多川仁意が怪訝そうな表情で呼んだ。

「なあ、新里」

「なに?」

「俺のこと嫌いなの?」

 まさか正面から堂々と聞いてくるとは。

 確かに本人の前で読みあげておいて、なにもなかった風は装えまいだろうが、そんなストレートに聞いてくるなど思いもしなかった。

 多川仁意は大物なのか、それとも本当に馬鹿なのか。

 粟木しずく達に対してとは別の意味で、呆れ感心しながら答えた。

「興味ないよ」

「じゃあ、俺のこと悪く言ったの?」

「だから興味ないって言ってるじゃないか」

 悪く言うのは、少なからず興味を持っているからで。興味などないのに、どうやって多川仁意の悪いところを口にすることができるのか。

「じゃあ、なんで粟木はこんなメールを」 

「なんか勘違いしたんじゃない?あー、無理に誤解を解かなくていいから」

 こじれたら余計に面倒くさい。

「もうすぐベルが鳴るから早くいきなよ」

 言いながら、多川仁意に背を向けて歩きだす。

「え、新里は……」

 その声には応えずに、ヒラヒラヒラと振り返りもせずに、手を振った。

 多川仁意はまだなにか言いたそうに立ち止まっていたけれど、始業ベルが鳴ると多川仁意のものであろう足音は遠ざかっていった。

「さて、どこに行こうかなー」

 机と椅子を探すか。

 図書館で本を借りて屋上で読むか。

 保健室で寝るか。

 うーん、と考えながら曲がり角を曲がると、ドン、と誰かにぶつかった。

「あ、すみませ」

「どこ行こうかな、じゃねえよ。授業だろーが」

 どうしていつも、

「大和斉……」

 君なのか。


   to be continued...
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